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November 06, 2004

無線ICタグは子供の安全の切り札になるか?(ASAHIパソコン 2004年11月)

 東京都豊島区の立教学院立教小学校(田中司校長)が今年9月から、無線ICタグを児童に持たせて登下校情報を管理するシステムの試験運用を開始した。学校への不審者侵入事件が相次ぎ、子供の安全確保が社会の大きな課題となっている中で、無線ICタグはセキュリティの切り札となるのだろうか?

 無線ICタグはRFID(Radio Frequency Identification)とも呼ばれ、超小型のICチップと無線アンテナを組み合わせたものだ。数cm程度の大きさのICチップにIDなどのデータが記録されており、電波によって「リーダー」と呼ばれる読み取り機と交信する仕組みになっている。
 無線ICタグにはパッシブ型タグとアクティブ型タグがある。パッシブ型は電池を内蔵しておらず、リーダが発する電波を受信した時にしか返事を返すことができない。超小型だが、交信距離は数十cm程度に限られる。これに対してアクティブ型は電池を内蔵しており、常に電波を発信してリーダと交信することができる。リーダと数十メートル離れていても交信することが可能だ。
 前者のパッシブ型は超小型で、コストも1個十数円程度にまで下がってきていることから、流通現場での利用が期待されている。流通センターなどの現場で、ベルトコンベアで流れてきた製品の内容や数量をまとめて計算することができるのである。また政府のe-Japan計画の一環として、世の中に存在するすべての食品をRFIDで識別して管理してしまおうという構想も始まっている。近所のスーパーの棚に並んでいる加工食品を手に取ったとき、その加工食品がどんな原材料を使い、誰が生産してどのように運ばれてきたのかという情報を、RFIDのデータベースによって確認できるようにしようというものだ。
 一方、アクティブ型タグに関しては流通現場での利用が期待されていないこともあり、チップの価格も1個数千円のまま高止まりしている。
 この高価なアクティブ型タグに注目したのが、セキュリティ業界だった。今回の立教小学校の実証実験に参加した富士通の部隊は、パブリックセキュリティソリューション本部。同本部第一システムインテグレーション部プロジェクト部長の山川幸一氏が説明する。
 「これまでダムの水量監視や自治体の防災無線、119番緊急通報システムなどを手がけてきました。今回、学校のセキュリティに注目したのは、不審者が学校に侵入する事件が多発していることが背景にあります」
 2001年6月、大阪教育大附属池田小学校に男が侵入し、児童5人を殺害した事件は今も記憶に生々しい。最近では昨年12月、京都府宇治市立宇治小で、侵入してきた男が児童2人を刃物で斬りつけ、けがを負わせた事件が起きている。警察庁のまとめによれば、2003年1年間で小学校に不審者が侵入して通報されたケースは、全国で22件に上っていたという。容疑者が逮捕されたのは18件。このうち9件は、容疑者が凶器を持っていた。そして22件のうち、ちょうど半数の11件では発生時に校門にカギがかかっておらず、3件は校庭にフェンスや塀のない学校で起きていたというのである。
 富士通はRFIDと赤外線センサを組み合わせ、無線ICタグを持っていない不審者が侵入するとアラームが鳴るソリューションを開発した。そしてこのシステムを、ちょうど校内システムの構築などで取引のあった立教小学校に提案したのである。今年1月のことだった。
 一方、私立の名門校として知られている立教小学校では、不審者対策についてはすでに相応の対策を取っていた。8年前から24時間の有人警備を行い、子供が学校にいる時間帯は2人、下校後から朝までは警備員1人が常駐している。公立小学校と比べれば、かなりのコストをかけた警備体制である。だが同校には、不審者対策とは別の悩みがあった。石井輝義教諭が話す。
 「私立小学校で、遠隔地から通学している子供が少なくない。中には2時間もかけて通ってきている子供もいる。こうした状況では、地域ぐるみで子供を守るという体制は取りにくい。たとえば朝6時に自宅を出た子供が行方不明になっていても、学校の始業時間である8時30分ごろまでは親も学校も安否の確認さえできないんです。この時間を何とか短縮できないかというのが、長年の課題でした」
 同校は7時半には校門が開けられるが、子どもたちの出欠が確認されるのは8時半になってから。もし通学途中で事件や事故に巻き込まれていても、対応は1時間以上も遅れてしまうのだという。そこで、校門を子供がくぐった段階で安全を確認できるセキュリティシステムの導入が決められたのである。5年生の1クラスを使った実験は今年9月に開始され、来年4月からは本格運用を予定している。
 富士通と立教小が共同開発したシステムは、次のような仕組みだ。
 子供が持つのは、アクティブ型タグである。手のひらに収まる程度の大きさで、樹脂製のケースに入っている。子どもたちには、ランドセルのカバーの内側にぶら下げるように指導している。
 立教小の校門には指向性のないアンテナが6カ所に設置されている。無線ICタグをぶら下げた子供が校門を通ると、アンテナが電波を受信。同軸ケーブルで、校門脇の守衛室内に設置されているリーダに信号が送られる。そしてこのリーダは受信信号を、イーサネットケーブルによって校庭中央の事務所内に置かれているホストマシンに送信する。ホストマシンはデータベースサーバとウェブサーバの2台が用意され、無線ICタグからのデータはいったんデータベースサーバに送られ、児童の個人情報と照合される。照合された段階でデータはウェブサーバにも送られ、あらかじめ登録された保護者のメールアドレスに「21日午前7時35分 ○○さんが登校しました」というテキストメールを送信する。
 また校門には、動画を撮影するビデオカメラも設置されている。このカメラの動画データは圧縮され、データベースサーバに蓄積されている。ウェブサーバに教諭がログインすればこの動画を閲覧することも可能で、画面に特定の子供の登下校時間を表示させ、その時間をクリックすれば、前後20秒間の動画が再生される仕組みだ。保護者から「うちの子供が帰ってこないのですが、どうしたのでしょう?」などと問い合わせがあった際、教諭がその子供の下校時間をRFIDデータで確認するのと同時に、本当に本人が下校したのかどうかを映像でも確認できるというわけなのである。またウェブサーバとデータベースサーバ間には、データベースへの外部からの侵入を防ぐためにファイアーウォールが導入されている。
 当初は「一度にたくさんの子供が登校してきたとき、同時に複数の無線ICタグを認識できるのだろうか?」「アンテナの感度は足りるのか?」といった技術的な不安もあったようだが、実証実験ではそうした問題は起きていない。逆にアンテナの感度が高すぎて、教室内でランドセルを動かしたとたんにRFIDが認識されてしまい、「○○さんは下校しました」と保護者にメールが送られてしまうというハプニングが起きている。富士通ではアンテナの微調整を繰り返し、本格運用への準備を進めているようだ。
 立教小学校での試験運用が報道されて以降、富士通には各地の教育委員会や学校、幼稚園などからかなりの数の引き合いが来ている。現状では導入費用が数千万円と高価で、しかも肝心のICチップが数千円と高止まりしていることから、すぐに爆発的な導入が始まるとは考えにくい。しかし岐阜県や和歌山県などでは別のIT企業と組み、RFIDを使った同様のシステムの実証実験も行われており、今後徐々に普及が進んでいく可能性は高いだろう。
 一方で、立教小学校の試験運用には、別の問題も生じてきている。技術的な問題ではなく、社会的な問題である。
 ひとつは、学校という場所をどうとらえるかという問題だ。教育現場では以前から「開かれた学校」「塀のない学校」をどう実現すべきかという議論が行われてきた。たとえばアメリカでは教会や図書館、美術館などの公共施設に教室を作り、生徒たちがそれらの教室間を自転車で回って授業を受けるという試みがフィラデルフィアやニューヨークなどの都市で行われている。子どもたちの多様性を尊重すると同時に、学校という現場を地域コミュニティに向かって開くべきだという考え方である。しかしこうした考え方と、不審者侵入から子どもたちを防ぐための防壁の必要性を、どう両立させればいいのか。
 立教小の石井教諭は話す。
「当初は、登下校の際に児童がバーコードやICカードを校門の装置にかざす仕組みも検討された。しかし個人的な意見を言えば、それでは学校が特別な場所になってしまう。学校は生活のリズムの中にあるごく普通の場所で、自宅にいるのと同じような感覚で過ごせる場所にしなければならないと思っています。登下校の際にゲートの通過など大げさなシステムを導入すると、学校が特別な場所になって、生活から切り離されてしまうような気がします。本当は子どもたちはもっと地域の中で学んでいかなければならないし、われわれも地域に出ていかなければならない。そうしたトレードオフの中で、ギリギリの選択を考えた結果、RFIDという使っていることを意識させない仕組みの導入を決めたんです」
 同校がアクティブ型タグを導入したのも、子どもたちにRFIDを意識させないためだという。交信範囲が大きいため、リーダーにかざす必要がないからだ。
 だが一方で、アクティブ型タグはコストがかかり、そして電波を自ら発信するという特徴がプライバシー漏洩の危険性をはらんでいるとも指摘されている。
 無線ICタグのプライバシーに関しては、セキュリティ問題の専門家として知られる産業技術総合研究所チーム長の高木浩光氏が警告を発している。高木氏は自身のブログで「アクティブ型タグの児童への取り付けは、誘拐犯や変質者にとっての情報源にもなりうる。裕福な家庭の子供しか通学していない学校の児童が判別されてしまう」と指摘。この問題についてはさまざまなマスメディアも取り上げた。
 RFIDを携帯することがプライバシーの漏洩になりかねないというこの問題に関して、立教小の関係者からは「そもそも立教の児童は制服を着用していて一目瞭然だし、犯罪者がわざわざRFIDを悪用するとは思えない」という反発も出ているようだ。しかし現状では、高木氏の指摘にきちんと応えられているとはいいがたい。
 立教小学校内部でも、無線ICタグの導入についてはかなりの議論が行われたという。「有人警備以上のものが本当に必要なのか?」「実際に教師がデータをいちいち確認するのはたいへんなのではないか」「担任の負担が増えないか」といった意見もあったようだ。プライバシーについての議論も少なからずあり、最終的に「学内に関しては学校が保護者に託されて児童を守らなければならない場所で、プライバシーの問題よりもまず児童の安全を最優先すべきだ」という意見が大勢を占めたという。
 富士通側は当初、学外の登下校時についてもGPS(全地球測位システム)を使って児童の所在を確認できるシステムを提案したようだ。だが関係者によれば、立教小側は「そこまで行うのは子供のプライバシーの侵害になりかねないし、学校外は学校の責任の範囲外になる」と断ったという。
 立教小の石井教諭も「学外の行動まで児童のすべてを把握するのは越権行為だと思うし、そこまでの社会的コンセンサスは得られないと思う。学校としてギリギリの選択が、校門の出入りの確認ということだった。どこまで踏み込めるのかは、これからもまだ議論していかなければいけないと思います」と話すのである。
 RFIDの導入には、学校のあるべき姿やプライバシーの保護をめぐって、さまざまなトレードオフが存在している。今回の導入にあたって、立教小はさまざまな場面で「ギリギリの選択」を迫られた。
 それらが本当に両立し得ないトレードオフなのか、それとも何らかのかたちで折り合いを保っていけるのかは、これから議論を進めていかなければならない教育現場の課題と言えるだろう。

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Tracked on December 05, 2005 at 10:42 PM

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