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September 07, 2004

あるベンチャーがテレビ業界に潰された――録画ネット事件(iNTERNET magazine 2004年9月)

 小さなベンチャー企業が起こした「録画ネット」という海外在住者向けのテレビ鑑賞サービスが、放送業界に思わぬ波乱を巻き起こした。「放送」という巨大な著作権の枠組みをあくまで守ろうとするテレビ局と、インターネットの新たな著作権の枠組みを作り出そうとするネットベンチャー。その見えざる戦いは、関係者が注目を寄せる民事裁判にまで発展した。

 「録画ネット」という海外在住者向けのテレビ鑑賞サービスが開始されたのは、昨年9月のことである。立ち上げたのは、千葉県松戸市に本社のある有限会社エフエービジョン(黒澤靖章社長)という社員3人のベンチャー企業である。
 録画ネットの仕組みはこうだ。
 サービス加入者はまず、テレビチューナとキャプチャカードを搭載したパソコンをエフエービジョンから購入する。一般に「テレビパソコン」と呼ばれている市販の製品である。加入者は自分の購入したテレビパソコンをエフエービジョンに預け、同社はこれを松戸市の自社施設に保管する。パソコンは地上波を受信し、NHKや民放の番組をHDDに録画する。
 海外在住の加入者は、手元のパソコンからインターネットを経由してこのテレビパソコンにアクセスし、iEPG(電子番組ガイド)を使って番組の予約や受信、録画を行うことができる。そして録画したテレビ番組を実際に視聴する場合はインターネット経由で手元のパソコンで受信する。
 こうしたセッティングのほとんどはエフエービジョン側で行ってくれるため、加入者は受信用のパソコンを用意するだけでいい。日本にいるのとほとんど同じ条件で、日本の地上波テレビ番組を視聴することができるわけだ。
 国内のテレビ番組をエンコードしてサーバーに収め、国外の日本人にインターネット経由で放送する――一見素晴らしそうなビジネスだが、ごく素直にこうした商売を始めてしまうと、著作権法の公衆送信権に抵触する。実際、過去に警察に摘発されたケースも少なくない。たとえば今年1月には、NHKの大河ドラマや民放のバラエティー番組をサーバーに保存して、ウエブサイトを通じて月額35ドル(約4200円)で会員向けに配信していた愛媛県松山市の業者が警察に摘発されている。
 だが、録画ネットは別のアプローチを取った。
 ――市販されているテレビの約8割がテレビ放送の受信・録画機能を備えるようになっている。また現在パソコンに標準搭載されているWindows XPにはリモートデスクトップ機能があり、遠隔地からパソコンを簡単に操作できる。以上の2つの機能を組み合わせれば、日本国内に置かれているパソコンに放送番組を録画させ、それを海外から視聴することは簡単に実現できる。実際、そのような方法で日本の実家にパソコンを設置して、海外からテレビ番組を入手している日本人のパワーユーザーは少なくない。実際、たとえばソニーの発売しているモニタ・受像器分離型のテレビ「エアボード LF-X1」には、自宅にベースステーション(受像器)を置いたままモニターだけを持ち出し、インターネット経由で自宅のベースステーションから録画したテレビ番組を受け取る機能が装備されている。
 しかし一方でこうした方法は、国内に設置したパソコンがフリーズしてしまった場合などに再起動・復旧させなければならないこともある。だったら、このパソコンを「お預かり」するサービスを行うことで、保守管理などによるサポートも行うことができるのではないか――。
 そこで同社は、①テレビパソコンの販売②パソコン所有者からの依頼による設置とセッティングの代行③パソコンのハウジングサービス――という組み合わせからなるビジネスモデルを考えた。地上波放送を受信するテレビパソコンの所有者は加入者であり、電波を受信している主体はあくまで加入者である。エフエービジョン側は、そうした加入者の所有するパソコンをあくまで保管しているだけにすぎない。
 エフエービジョン顧問の春日秀文弁護士は、「同社の行っているのはあくまでパソコンを預かるハウジングサービスであって、パソコン所有者がパソコンをリモートで使う際のサポートを行っているのみと言える。所有者がインターネット経由で遠隔地から、自分のパソコンを使ってテレビ番組を録画して視聴することは、著作権法で認められている『私的使用のための複製』の範囲内」と話す。
 また同社取締役の原田昌信氏は言う。
 「海外居住者にとって日本語のテレビは日本との接点を保つための貴重な存在になっている。もっと簡単に日本のテレビが見られる方法はないか、それを何とかわれわれがお手伝いできないかと考えたのがきっかけだった」
 録画ネットでは、番組の視聴が私的使用の範囲を超えないような仕組みも作られている。そのひとつは、認証管理の方法だ。加入者は録画ネットのポータルサイトでID、パスワードを使った認証を通った後に自分のテレビパソコンにリモートアクセスできるようになるが、同じIDで別の人が認証しようとすると、先にログインしていた人はセッションが切れ、操作もデータ転送もできなくなるようになっている。
 原田氏が続ける。「これによって、ひとつのIDを複数人でシェアするような不正使用を防げる。日本のテレビ局には最大限の敬意を払いたいし、彼らに損害を与えるつもりは毛頭ない。放送局の利益を犯さない方法で、私的使用の範囲内におさまりながら、なおかつ海外居住者が簡単にテレビを見られる方法を考えた。誰にも迷惑はかけていないはずだ」
 このIDパスワード認証については、さらに録画ネットサーバの認証を受けた後は、リダイレクトして加入者とテレビパソコンの間に直接セッションを確立。サーバ側はデータの送受信や制御などにいっさい介入しない仕組みになっており、録画ネットが加入者のリモート制御に関与しない仕組みを取っている。これも録画ネットがあくまで「ハウジングサービスの枠内」であるというルールを崩さないためだという。
 エフエービジョンはこのようにしてジネスモデルを考え抜き、そして昨年9月にサービスを開始した。最初に必要なテレビパソコン購入費が500~700ドル前後、月額メンテナンス料が49ドル95セントとなっている。そして録画ネットには現在、約250人の会員が集まっている。
 エフエービジョンはサービス開始と同時に、NHKに対して受信料の支払いを申し込んだ。満を持しての意思表明、ということだったのだろう。春日弁護士も「こちらから率先して支払うことにして、褒められるのではないかと思った」というのである。
 ところが連絡を受けたNHKの側にとっては、「また現れたか」という受け止め方だった。先に紹介した愛媛県の松山市のケースは、実は昨年10月、NHKと民放4社が共同して警察に告訴状を提出し、その結果摘発にまで持ち込まれた事件だったのである。他にも数社が同様の「ネット放送サービス」が出現していたため、NHKと民法各社は連絡会議を設置。各社の法務担当者は対応に追われているところだったのである。
 NHKの社内弁護士である総務局法務部の梅田康宏弁護士が説明する。「番組をサーバーに保存して海外向けに流すというサービスは昨年、雨後の竹の子のように登場した。背景には、ブロードバンドの普及がある。アメリカは日本よりも若干遅れて昨年ごろにブロードバンドの普及が始まり、これが米国内で日本の番組を受信するというサービスを可能にする土台になったのではないか」
 とはいえ、録画ネットが「ハウジングサービス」という他の業者とは違ったビジネスモデルを持っているのは明らかであり、予断だけで判断するわけにはいかない。そこで松戸市のハウジング施設の見学を、エフエービジョン側に申し入れたのである。
 「見学する以前に、NHKでは情報システム専門家が録画ネットの仕組みを分析し、法律の専門家とともに『著作権侵害の可能性が高い』と判断していた。実際に見学に行ってみて、やはり侵害であることは明白だということがわかった」(梅田弁護士)
 そして梅田弁護士はその場で、「このサービスは違法の可能性が高い。率直に言わせていただければ、サービス停止の方向で検討していただきたいのですが」とエフエービジョン側に申し入れた。この見学には春日弁護士も同席しており、梅田弁護士に対して、「われわれの見解はまったく異なってます。サービスを止める必要はないと考えている」と反論。この場は物別れに終わったのである。
 この後、複数回に渡って両弁護士の間で会談が持たれたが、いずれも決裂。NHK側は6月、サービス停止を求める内容証明郵便をエフエービジョン側に送付した。そして7月30日、民放キー局5社とともに録画ネットのサービス停止の仮処分を求める申し立てを東京地裁に起こしたのである。
 梅田弁護士が「録画ネットは著作権侵害」と判断した根拠は、何だったのだろうか。
 エフエービジョンの主張は、複製の主体は加入者側にあり、録画ネット側はそれをサポートしているに過ぎないというものだ。要するに争点は、「いったい誰が番組をコピーしているのか」ということだろう。
 梅田弁護士は、次のように指摘する。
 「古い事例では、たとえばレンタルビデオ店でのケース。店側がビデオデッキを設置し、そのデッキを客が操作してレンタルビデオを客がコピーできるようなサービスを提供していた店が、複製行為を行っていたと認定された判例がある。またカラオケボックスで歌を歌うのは客の行為だが、東京高裁で『歌っている行為はカラオケボックスの演奏行為である』と認定する判断が出されている」
 つまり複製の主体が仮に利用者であったとしても、サービス提供側が機器や著作物などを用意している場合は、複製の主体はそうしたサービス提供企業だという判断が示されているのである。「判例のこれまでの趨勢は、単に自然的に観察したら客が複製しているように見えるからというのではなく、機器の設置や著作物を用意しているのが誰かなどをか総合的に判断している。それらに照らし合わせれば、今回の件でも複製の主体は録画ネット側であるのは明らか」(梅田弁護士)。
 だがビデオレンタル店やカラオケ店では、ビデオデッキやカラオケ機は店側の所有となっている。だが録画ネットは、テレビパソコンの所有者は加入者である。この「所有権」をどう見るかが、裁判の最大の争点となった。
 春日弁護士の主張。「録画ネットはパソコンを1台ずつ加入者に販売し、パソコンには所有者の名前とメールアドレスを貼付して保管している。さらに所有者が求めた場合はパソコンを返却しており、録画ネットはパソコン所有者の適法行為をサポートしているのに過ぎない。もしこれを違法だとするのであれば、テレビパソコンの設置サービス自体が違法となり、パソコン販売店や電気店がパソコンやDVDレコーダーを買い主の自宅に配達して設置する行為も違法になってしまうのではないか」。
 一方、梅田弁護士はこう言う。「パソコンの所有権が移転しているかどうかは、重要な問題ではない。所有者とは言ってもそのパソコンに触れたこともないわけで、実質的にはレンタルとは違わない。レンタルとの違いを協調するために言葉を言い換えているだけで、最初にかかる『パソコン購入費』も高めの入会金と考えることができるのではないか」
 裁判所の決定は、10月7日に出た。録画ネット側の敗訴だった。
 裁判所は「テレビパソコンの所有権は確かに各利用者に帰属しているが、設置場所がエフエービジョンの事務所に限られており、各種データを記録して保守・管理を行うなどして、同社はこれを管理・支配下に置いている」と断じ、同社が録画の「主体」になっていると認定したのである。
 事件は、これで一応の決着を見た。だが実は今回の事件には、表には出てきていないもうひとつの問題が隠されている。
 それはオリンピックの放映権の問題だ。
 五輪放映権は、各国の放送局や政府が国際オリンピック委員会(IOC)から得る仕組みになっている。たとえば日本ではNHKと民放連が連携してジャパンコンソーシアム(JC)という団体を作っており、たとえばアテネ五輪では約180億円でJCがIOCから放映権を獲得したとされている。放映権料は毎年のように高騰を続けており、1964年の東京五輪の際には世界各国分を会わせても90万ドル(当時のレートで約3240万円)だったのが、アテネでは総計15億ドル(約1650億円)にまで達している。五輪の人気と、その人気に依ったIOCの圧倒的権力が生み出した数字といえるだろう。
 そしてこの放映権が及ぶ範囲は、国内に限られている。JCが獲得した放映権は、日本国外では無効なのである。これを逸脱するとIOCからはたいへんなペナルティが課されかねないし、その国の放映権を持っている放送局連合や政府などからも賠償請求を起こされる可能性もある。実際、アテネ五輪でも中国の国営テレビCCTVがソフトボールや柔道などの試合を日本国内向けのCS放送で流してしまい、JCから抗議を受けている。
 NHKが危惧しているのは、録画ネットのようなサービスが普及することによって、この放映権の枠組みが崩れてしまいかねないことだった。たとえばフィリピンでは前回のシドニー五輪の放映権約120万ドルが払いきれず、危うくアテネ五輪の放映権を得られなくなりかけた。高騰する一方の放映権を払えず、五輪中継が途絶える国が今後は現れる国が予想される。もしそうした国に向けて、録画ネット的なサービスを使って日本の五輪中継を送出したら――。
 「現在エフエービジョンが提供しているサービスは小規模で、影響は少ないかもしれない。だがこうしたサービスがなし崩し的に増え、適法だと認められるようになると、大手の企業が同じようなサービスを大規模にスタートさせる可能性もある。もしそうなれば、放映権の枠組みが崩れてしまいかねない。そうなってしまう前に、このビジネスは間違っているということをきちんと知らしめておかなければならないと考えている」(梅田弁護士)
 もし録画ネットのようなサービスが広まってしまうと、これまで放送業界が築いてきたルールが根底から覆ってしまう可能性があるというのである。実際、今回の事件はテレビ業界に関わるさまざまな著作権ホルダーや著作権団体からも注目を集めており、NHKなどには問い合わせが相次いでいるというのだ。
 NHKの危惧は、裁判所の決定でとりあえずは回避されたということになるのだろう。だがエフエービジョンの原田氏は「自社施設に保管するのが許されないのであれば、加入者の日本の実家にテレビパソコンを設置するサービスを今後は検討していく」と話しており、サービスそのものは続行する方針を明らかにしている。事件はまだ終わっていない。そして録画ネットは、あくまで氷山の一角かもしれないのである。
 インターネットの登場によって、既存の枠組みではとらえきれないさまざまな事象が出現し、氾濫する水が堤防からあふれ出すようにさまざまな枠組みが壊れていこうとしている。録画ネットの問題は、インターネットによって国境の壁が消滅していくグローバリゼーションのひとつのケーススタディともいえるかもしれない。ある放送局関係者は、こう詠嘆するのだ。
 「放送業界は現在の枠組みを何とか維持しようと必死になっているが、インターネット業界はなし崩しに枠組みを取り払っていこうとしている。そんな戦いがここ数年、ずっと続いている」
 録画ネットをつぶせば、本当に放送業界の権益は守られるのか。すべてを飲み込もうとするインターネットの大波の中で、放送業界の戦いはいつまで続くのだろうか。

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