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April 07, 2004

ネットバブル崩壊後の企業戦略(PC VIEW 2004年4月)

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ITゼネコンとは何か(PC Explorer 2004年4月)

 国税庁に「KSK」というシステムがある。「国税総合管理システム」の略称だ。国税庁のホームページを見ると、こうある。
 「税務行政の高度化・効率化を図り、適正・公平な課税の実現を目指すため、地域や税目を超えて情報を一元的に管理するコンピュータシステムであるKSKシステムの導入を平成7年以来進めてきました」
 この説明だけを読めば、普通の人は「政府のIT施策の一環として、税務情報をまとめて管理するシステムを作ったんだろう」と思うに違いない。しかしこのKSKをめぐっては、実は過去にたいへんな“騒動”が起きているのである。
 KSKの構想が作られたのは、はるか昔の1980年代である。89年に計画がスタートし、システム契約が行われた。指名競争入札ではなく、随意契約のかたちでジョイントベンチャーに発注され、日本を代表する大手IT企業6社が参加した。
 ところがこのシステムは完成するまでに、何と12年を要した。全国297の税務署で運用が行われるようになったのは、2001年11月になってのことだったのである。この時間がいかに長かったかをもう少し語ってみよう。
 89年はPC DOS/Vが登場する前の年であり、多くの人はNECのPC-9800シリーズか、そうでなければエプソンの互換機でMS-DOS 3.1などを使っていたはずだ。89年はインテルの80486プロセッサが発売された年でもある。ワープロソフトはまだ一太郎の全盛期で、89年には一太郎 ver.4が発売されている。おっと忘れてはいけない。この年はあの名機、世界で初めてのA4ファイルサイズノートブックPCである東芝のDynaBook J-3100SSが発売された年でもある。スペックは80C86/10MHz、1.5MBのRAMを積んでいた。IBM PC互換機ながら、独自の日本語機能を搭載し、640×400ドット2階調の青い液晶画面が印象的だった。19万8000円という当時としては破格の金額に驚喜した人も多かった。
 少し話が横道にずれたが、国税庁のKSKはそんな時代に開発が始められたのである。
 そして開発が完了し、運用が始まったのは2001年。つい最近のことだ。この時期ならご記憶の人も多いだろう。詳細には書かないが、ひとことで言えばWindows XPの発売された年である。
 12年の年月というのは、気の遠くなるような時間ではないか。ドッグイヤーと言われるコンピュータの世界で、それがどれだけ長い歳月であるかは、PC Explorerの読者ならわかっていただけるであろう。
 この間、開発のために投入されたカネは1000億円以上。周辺コストも含めれば、3000~4000億円に達していたのではないかという試算もある。まさに湯水のように税金を投じて作られたシステムだったのだ。
 この問題には当時、IT業界内部からも批判が相次ぎ、経済同友会の若手メンバーが中心になって告発。1996年には朝日新聞の記事にもなっている。当時の朝日の記事にはこうある。
 「コンピューターをフルに利用したKSKと呼ばれる新徴税システムは、開発当初の予定では、1996年度には全国の税務署を結ぶネットワークが完成するはずだった。しかし実際は、ごく一部の税務署で試験的に使われていただけ。国税庁内に計画の完成を危ぶむ声が出始めていた」
 なぜこんなことが起きたのだろうか。朝日記事には、こう書いてある。
 「コンピューター、端末機、読み取り機などの開発は大手IT企業6社が受け持ち、B社に納入する。システム開発の実績もない文具・事務機器販売会社が、大手メーカーを『下請け』に使う。B社が国税庁の発注を、メーカー各社に回す『丸投げ』に近い構図だ。『受注・開発体制の不可解さ』は、関係者の間で、以前から指摘されていた。『システム開発の遅れはそれが原因』ともいう」
 つまりB社が、SIの役まわりとなってとりまとめを行ったということなのだろう。
 そして実はこのB社というのは、銀座の松屋通りに瀟洒な店を構える老舗の文房具店なのである。戦前から官公庁に文具や事務機器を納入してきたのだという。老舗で官公庁には強いものの、もちろんシステム開発・運用の実績はほとんどない。
 なぜB社が受注できたのだろうか。
 当時の記事や取材にあたった新聞記者の話によると、一説には某外資系メーカーをジョイントベンチャーに入れるため、そのためのダミーとしてB社に白羽の矢が立てられたというのである。つまり外資系に直接発注することには反対が大きく、間にB社を入れることで事実上外資系メーカーに参入を許すかたちにしたということらしい。
 背景に、当時問題になっていた日米経済摩擦があったという指摘もある。ひょっとしたら政治家の暗躍もあったのかも知れないが、今となっては遠い過去の霧の中へと真実は消えつつある。
 そしてB社がSIとなった形で開発は進められたが、案の定というべきか、プロジェクトは御者のいない暴走馬車さながらの状態に陥った。国税庁の各部署が出してくる要求を、総合的な調整も行わないままジョイントベンチャーの6社各社がどんどん無計画にシステムに盛り込んでいったのである。プログラムは肥大し、当初の予定の5倍以上の大きさとなった。当然のようにコストは等比級数的に増え、開発にかかる日数も増えていく。その結果、12年の歳月と1000億円以上のコストというため息のでるような結果となってしまったのだ。SIが機能していないシステム開発は、こんなことになってしまうのか――という悪しき好例といえるだろう。
 そしてこのKSKは過去の話だが、実はこうしたケースは今も頻発している。それがここ数年、あちこちで指摘されている「ITゼネコン」問題だ。
 ITゼネコンというのは、政府のe-Japan戦略などによって公共事業の中心がIT分野にシフトしつつあるのに伴い、大手IT企業がゼネコン化しつつあるという実態を示す言葉である。
 ゼネコンというのはゼネラルコントラクターの略語。直訳すれば、総合請負会社だ。通常は「総合建設会社」と訳しており、大手建設企業のことを指している。高度経済成長からバブル期にいたるまでの間、多くのゼネコンはダム建設や道路建設、ビル建設などの公共事業を国や都道府県、市町村から受注し、それを下請業者に丸投げすることで利益を得ていた。濡れ手に粟の丸儲けシステムである。利権の温床にもなり、1993年には故・金丸信自民党副総裁の不正蓄財事件(金庫に金塊を隠していたのがばれて大騒ぎになった事件だ)をきっかけに、大手ゼネコンと政治家の癒着が暴かれ、政治家やゼネコンの役員らが大量に逮捕された。いわゆる「ゼネコン事件」である。
 しかし日本はその後、史上空前の不況に突入し、土木工事や建設工事などの公共事業も少なくなってゼネコン自体が衰退に向かいはじめる。バブル時代にはゼネコンというと「銀座のクラブで豪遊していた」「政治家の接待でゴルフ場を貸し切った」「毎日遠距離タクシー帰宅」などの景気のいい話をたくさん聞いたものだが、今では見る影もない。
 そして建設ゼネコンの衰退にあわせるかのように台頭してきたのが、ITゼネコンなのである。政府がe-Japan戦略などでIT関連投資を行うようになり、不況と財政悪化で予算がきびしく締め付けられているのにもかかわらず、「最先端のIT国家を作る」というお題目のもとに莫大なカネがIT関連の公共事業に投じられつつある。
 そんなところに、2000年ごろからのIT不況や通信不況で息も絶え絶えだった大手IT企業がいっせいに飛びついた――というのが今のITゼネコン問題の構造になっている。
 ゼネコン化を後押ししてしまっている要因はたくさんある。政府や自治体の基幹システムには今でもレガシーなメーンフレームが使われており、外資系メーカーや新興メーカーの参入を阻んで大手IT企業の寡占を許してしまっていること。日本は世界でも数少ない「メーンフレーム大国」になっている、という指摘も少なくない。
 あるいは 、自治体などにITに詳しい人材が少なく、新しいシステムを導入しようとすると、大手IT企業に丸投げするしかないという問題もある。中には官公庁や自治体のIT担当部局に、大手IT企業の社員を「天上がり」させているケースまであるというから驚かされる。
 ちなみにアメリカでは、民間から人材をヘッドハントするのが一般的で、役所のIT部局には元システムエンジニア、元IT企業役員などがゴロゴロしている。そうした人材がシステム開発の際に一括窓口となるから、日本のような丸投げ構造にはなりにくい。
 そしてまた、入札の問題もある。KSKのように随意契約で発注するのは論外だと思うが、指名競争入札になっていても「総合評価落札方式」という方法を採っているため、1円入札などを許してしまう。この方式は、技術力などの評価点を入札金額で割って数値を出すというものだ。いくら技術力が高くても、入札金額を1円にすれば数値は限りなく高くなってしまう。とりあえず1円で入札して赤字覚悟で開発し、儲けは翌年からの「運用」で稼ごうという手法が横行しているのである。ちなみに翌年からの運用は、たいていの場合随意契約になっている。
 政府や自治体はこうした状況を打破しようとさまざまな努力を続けているが、いったん構造化した問題はなかなか解消しない。今はまだ「e-Japanバブル」の真っ最中で、どこのIT企業も政府や自治体からカネを稼ぐのに精一杯。そうした時期にはあまり問題は発生しない。
 たぶん問題が出てくるのは、このプチバブルが終了したときだ。カネの分配や利権をめぐってさまざまな抗争が生まれ、そして多くの事件が起きてくるだろう。かつて、90年代のはじめにバブル崩壊とともにさまざまな金融事件が勃発したように。
 穏やかだったIT業界が事件の汚泥に引きずり込まれる日は、まもなくやってくる。

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グーグル八分事件その後(iNTERNET magazine 2004年4月)

 先月号で報じた「グーグル八分」問題で、悪徳商法に関する総合サイトである「悪徳商法?マニアックス」(以下、悪マニ)とW社の関係に若干の進展があった。
 まずこれまでの経緯を、ざっと説明しておこう。
 「匿名掲示板(仮)」(以下、掲示板仮)と名付けられたインターネット掲示板上で、ウエディングドレスの訪問販売などを行っているブライダル企業W社の情報が書き込まれたのは2002年夏だった。この書き込みがきっかけとなり、その後同社への批判や告発などが掲示板上で活発になる。このためW社はホスティング業者を通じて掲示板仮の管理人に対し、書き込みの削除を求める通知書を送った。
 この件が悪マニ上の掲示板で報告され、以降、主な舞台は悪マニに移った。同社は対面での話し合いを求めたが、悪マニ管理人のBeyond氏は「掲示板で話し合うというのがインターネットのルールではないか」とあくまで掲示板上の議論の中で話し合いを進めていくことを要請し、互いの主張は平行線をたどった。この中でW社はグーグルに対し、悪マニのW社関連ページを検索結果から外すように要請。さらに掲示板仮の管理人の氏名開示請求をホスティング業者を相手取って起こした。この結果、管理人の氏名は開示され、W社は管理人を名誉毀損で京都府警に刑事告訴。ほぼ同時に6000万円の損害賠償を求める民事訴訟も起こしたのである。
 京都府警は3月10日、掲示板仮の管理人宅を家宅捜索した。
 ここまでが先月号で報じた通り。そして4月に入り、Beyond氏は紀藤正樹弁護士や弘中絵里弁護士、旧ニフティサーブ会議室で有名だった山本洋三氏らとともに、「悪マニBeyond 氏と一緒に、ウェディング問題を考える会」を設立。同時にみずからの本名を悪マニサイト上で開示したのである。
 Beyond氏の本名は、プログラマーの吉本敏洋氏。そしてこの時、実は掲示板仮の管理人と同一人物であったことも初めて明かされたのである。
 この件について吉本氏は次のように話している。
 「今後も同種の問題が起こることは避けられないため、継続的な対応を練る必要があるということを紀藤弁護士や弘中弁護士と話し合いました。その結果、私が匿名のままでは支援する人は限られるため、実名公開をして会を立ち上げ、広く支援を集めた方が良いということになったのです」
 一方、紀藤弁護士らが登場したことで、W社側の態度も軟化した。同社側はこれまでも「匿名の人間を相手に掲示板上だけで話し合うのは不可能であり、実名できちんと対応してほしい」と要請していた。同社はすぐに紀藤弁護士と連絡を取り、この結果、民事提訴を取り下げることを決めた。「ようやくきちんと話し合いの場が設けられるかたちになったため」(同社幹部)という。
 この以前にW社側は悪マニ管理人であるBeyond氏を刑事告訴する準備も進めていたようだが、これについてもW社は「悪マニの管理人の名前を明らかにしてもらうために進めていたことであり、悪マニ側が名前を開示した以上、あらためて告訴するつもりはない」と話している。
 この原稿の〆切である4月中旬現在、残ってる法的措置は、掲示板仮管理人としての吉本氏に対する刑事告訴ということになる。すでに家宅捜査も始まっているが、吉本氏は「私としては悪いことをしているという考えはまったくなく、毅然と対応していくだけです」と話している。一方のW社側は、「今後、刑事告訴についても取り下げる可能性も考えている。われわれとしては匿名掲示板である掲示板仮と消費者運動を行っている悪マニを同一に考えるつもりはなく、これ以上ことを荒立てたいとも思っていない。穏やかに話し合いをさせていただきたいのというのが唯一の希望だ」と話す。
 両社の“抗争”は今後、収束に向かうことになるのかもしれない。
 ただ、「グーグル八分」の問題は以前として解決していない。吉本氏は話す。「グーグル八分については、もっと長いスパンで考えていかなければならない問題だと思う。教育やリテラシー、思想信条の問題としてとらえていかなければならないからだ。グーグル側から相変わらず返事が来ないのも問題で、これから何らかの対応をしていくことも考えている」

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April 06, 2004

何が「勝ち組」を作ったのか(Computer World 2004年4月)

 インターネット業界で、「勝ち組」と「負け組」が鮮明になってきている。かつて90年代末から2000年初頭にかけて盛り上がったネットバブル時代、数多くのネットベンチャーが起業し、大きな話題を呼んだ。だが4年後の今、その多くが消滅し、一部の勝ち残り組だけが我が世の春を謳歌しようとしている。
 インターネットの世界で、いったい何があったのだろうか。いったい何が「勝ち組」と「負け組」を分けたのだろうか。

 まず最初に、ベンチャーを起業した30歳代のA氏の苦い体験談から、お聞きいただこう。
 A氏とその友人たちが、ネット企業を設立したのはネットバブル崩壊から間もない時期だった。この時期はIT不況の真っ最中で、バブルを煽ったベンチャーキャピタル(VC)が次々と撤退し、すぐれたビジネスモデルがあっても資金が集まらないと言われていた。だがA氏らは幸運だった。ある大企業関連のVCであるT社がA氏の会社の技術力に目をつけ、出資してくれることになったからである。
 T社は当時、百億円規模の資金を投資組合方式で集めており、この資金の有望な出資先を求めていた。当初、A氏の会社に対して4億円の投資が行われた。
 A氏のビジネスは当時、時代を先取りするモデルとして注目を集めていた。ブロードバンドが普及する暁には、多くの収益をもたらすと思われた。だがA氏が起業した当時、まだソフトバンクグループの低価格ADSLサービス「Yahoo!BB」もサービスインしておらず、ADSLの料金は5000~6000円と高止まりしていた。2004年の現在は普及率1000万世帯を越えているADSLも、当時は10万世帯程度にしか普及していなかった。ブロードバンドはまだまだ「近い将来」の話でしかなかったのである。
 ブロードバンドのビジネスは、スケールメリットが存分に生かされる世界だ。逆に言えば、普及率が臨界点を突破していなければ、ほとんど利益は上がらない。このためブロードバンドの普及途上では、どの企業も持久戦を強いられることになる。つまり資本を投下して技術開発を行い、安い料金でユーザーを集めて知名度を上げ、来るべき日に収穫を得られるようになるまでじっと我慢しなければならないわけだ。
 A氏の会社も、ブロードバンドがまだ離陸していない状況の中で、苦しい持久戦を強いられた。そして10億円あまりの累損赤字を出し、追加投資の必要に迫られたのである。
 この段階で、ベンチャーキャピタルのT社は追加出資に応じることを決め、担当者はA氏にこう話した。
 「現時点で、9億円の資金をあなたの会社のために用意してあります。だがすべてを投資すると、あなたの会社をわが社が子会社化してしまうことになる」
 出資比率が20%を超えると、出資先は子会社とみなされ、連結会計の対象になってしまう。T社はこれを避けようとしたわけだ。そして担当者は続けた。
 「9億円のうち追加出資は6億5000万円にし、残り2億5000万円は融資ということにしましょう」
 つまり6億5000万円だけは投資のかたちでカネを流し込み、残り2億5000万円は借金ということになったのである。A氏の側はこの時点まではT社を全面的に信頼していたから、この提案にすぐに応じた。
 だがこの直後、驚くべき急転直下がやってくる。A氏の会社を担当していたT社の社員3人が、相次いで退職してしまったのだ。社内で何が起きたのかは、今もわからない。だがかわりにA氏の担当となった新スタッフは、A氏を呼び寄せるといきなりこう告げたのである。
 「とりあえずあなたの会社の案件は終わりにしたい。うまく終わらせる方法をあなたの方で考えてくれませんか?」
 株の売却先を用意しろということなのだろうか。呆気にとられたA氏に追い打ちをかけるように、新担当者はこうも言った。
 「それから追加で融資した2億5000万円。あれはもちろん借金なんですから、早急に返済していただけますか?」
 この後、A氏と新担当者の間は当然のように険悪な関係となり、激しい言葉の応酬が繰り広げられた。挙げ句に、新担当者はこんなことまで口走ったという。
 「カネが返せないんだったら、持ってる株を全部置いて出て行け! 企業資産も全部だ!」
 A氏はこの当時を振り返って話す。「何の説明もなく、いきなりカネをどーんと流し込んできたり、引き上げたりする。そこにどんな戦略があり、どんな計算の上に行われているのかと言った説明はまったくなかった。行き当たりばったりでやってるとしか思えない」
 A氏とケンカになった新担当者はVCの親会社からやってきた人物で、ネットベンチャー企業の動向にもVCの手法にも特に詳しくはなかったという。「そんな人物がVCと称し、起業家の命運を握ってしまっているのです。こうした状況の中で、起業を行うのは本当にたいへんです」とため息をつくのだ。

負け組を生んだ理由①ベンチャーキャピタルの責任

 日本のベンチャービジネス業界には、VCに対する恨み話はいくらでも転がっている。特にネットバブルの前後はひどかった。ちなみに日本のネットバブル崩壊は通説では2000年春、当時一世を風靡していた光通信の株価が暴落したころだったとされている。
 起業家B氏は、ベンチャーキャピタルY社についてこう証言する。
 「Y社から『10億円出資したい』という話があり、ビジネスプランについて説明をしてくれと言われた。わが社で取得していた特許申請やビジネスモデルについて詳細に記した資料を持って、Y社を訪問したんです」
 驚いたことに、用意された大会議室にはY社の幹部ら約40人が待ち受けていたという。しかもその中の誰一人として、B氏と名刺交換をしようとしない。B氏は緊張と不安感でいっぱいになりながら、みずからのビジネスプランについて事細かに説明し、具体的なデモも行った。Y社の幹部からは質問が数多く飛び出し、B氏は汗をかきながら説明に追われたという。
 だが出資話は、これで終わりだった。この後、Y社からは何の連絡もなかった。そのかわり――何とも驚くべきことに――しばらくしてY社のグループ企業が、B氏のビジネスとそっくりの事業をスタートさせたのである。
 B氏は言う。「ビジネスプランを盗まれたとは考えたくないが、名刺を出さないなど先方の態度も不可解で、怪しまざるを得ない。もし盗んだのだとしたら、これがVCのやることでしょうか」
 ネットバブル期に起業したB氏は、他にもいろんな経験をしている。たとえば総合商社系のVCでは、「うちのグループのロジスティクス(物流)を使ってほしい」と出資条件を言われたという。先方の担当者は「絶対と言うわけではないのですが、値段はかなり安いはずなので、必ず御社のためになります」と力説した。だが後で調べてみると、大手運送会社のサービスを利用する方がはるかにコストが安く、サービス内容も充実していた。B氏は憤然とする。
 「結局、彼らが望んでいるのはベンチャー起業を育てることなんかではなかったようです。とにかく自社グループの売り上げを上げることだけを考えて、実ビジネスとVCを結びつけて儲けようと考えているだけだった」
 こうした話は当時、ひんぱんに聞かれた。別のネットベンチャー経営者の証言。
「VCのグループ企業からコンサルタントを受けることを条件に出資をする、と言われた。そこでコンサルを受けることにしたんだけれど、その結果レポートはなんとA4判1枚の紙切れ。しかもその内容というと、グループ内のさまざまなサービスやロジスティクスを使えば、コストを下げられますという噴飯ものの内容だった」
 この当時は、こうした質の低いベンチャーキャピタルが雨後の竹の子のように生まれ、起業して間もないベンチャー企業各社を翻弄していたといっていいだろう。そしてその結果、日の丸ネットバブルは大きくふくらむ間もなく、あえなく崩壊してしまう。“負け組”を大量に放出する結果となったのである。

負け組を生んだ理由②“ニューエコノミー”という欺瞞

 ネット業界崩壊の原因を作ったのは、ベンチャーキャピタルだけではなかった。たとえばネットビジネスの専門家で、先ごろ急逝したアナリストの三石玲子氏は、ITベンチャーの失敗の「3点セット」として、次の項目を挙げている。
 「ITベンチャーであることを強調したがる」「ビジネスモデルあるいは技術から入り、顧客本位の創業動機ではない」「世の中の流れや顧客の気持ちに鈍感」
 また、経済の原則に関する奇妙な論理がまかり通ったのも、大きな原因のひとつだ。つまり「最初に最大のシェアを奪った企業だけが生き残ることができる」というニューエコノミーの法則である。この理論が幅を利かせるようになったのは、米マイクロソフトの成功という前例があったからだ。マイクロソフトはMS-DOSやWindowsなどでOSのデファクトスタンダードの座を奪い、二番手以下のメーカーの追随を許さなかった。「スタンダード」という地位がITの世界でいかにパワーを持っているのかを、マイクロソフトは身をもって示したのである。
 ニューエコノミーの法則のもとでは、トップ企業が市場を奪取した途端、二番手以下の企業はシェアをどんどん落としていくことになり、設備などそれまでの投資がすべて無駄になる。二番手以下は、全員が負け組になってしまうのだ。そうならないためには、あらゆる手を尽くして市場を奪い、トップに立つしかない――。
 この法則は1990年代末のネット業界を覆い尽くし、そしてさまざまなネットベンチャーはシェアを取るためにあらゆる手を尽くした。もっとも流行したのは、「まず無料でサービスを提供し、シェアを奪う」という方法だ。ありとあらゆるネットサービスが無料で提供され、ユーザーたちはインターネットという新しい世界を存分に楽しむことができたわけなのである。
 だが考えてみれば、この考え方がすぐに行き詰まってしまうのは明らかだった。あらゆる企業がすべて無料でサービスを提供すれば、どこか1社がシェアを奪うなんてことは不可能だ。逆に消耗戦に陥ってしまい、いつまで経っても売り上げがあがらないという不毛なスパイラルに入り込んでしまう。
 そもそもインターネットはエンド・トゥー・エンドの枠組みを持っており、すべてのレイヤーのプロトコルはすべて公開されている。自社が画期的なサービスを提供できたとしても、HTMLのソースさえ見られてしまうインターネットの世界では、他社に真似をさせないで独走する方が難しい。

負け組を生んだ理由③総合商社の焦り

 ネットビジネスの「負け組」には、実は総合商社系の企業が非常に多い。たとえば「マーケットプレイス」と呼ばれるビジネス。インターネット上に売り手と買い手の集まった市場のようなものを作り、商品を売買するという仕組みで、90年代末に商社がこぞって参入した。一時は100近いマーケットプレイスが乱立していたのだが、現在ではその多くが撤退してしまっている。
 総合商社でネットビジネスに携わった経験のあるC氏が話す。
 「90年代後半にインターネットビジネスが立ち上がり、『中抜き』という言葉が流行し始めたことに対し、商社はたいへんな焦りを感じていたんです。商社のビジネスというのは売り手と買い手を結びつける、いわば『中』の役割。中抜きされたのでは、自分たちの居場所がなくなってしまうと考えました」
 中抜きというのは、メーカーが直接インターネットを通じて消費者などに商品を販売することで、仲介業者が不要になっていくという考え方である。C氏が続ける。
 「そこで商社が考えたのが、ひとつはみずからマーケットプレイスを作って商社の存在価値を維持しようというもの。そしてもうひとつは、これまで商社が扱ってこなかったオンラインショッピングなどBtoCのネットビジネスに進出することで、この危機を何とか乗り切ろうという考え方でした」
 しかしマーケットプレイスはきちんとした事業計画も立てられないまま「とにかくネット時代だから始めよう」「今のうちに先手を打とう」とスタートしたものが多く、大半が失敗した。後者のBtoCのショッピングサイトなども同様で、「武士の商法」ではないが、多くの商社系サイトは「顧客の顔が見えていない」などさんざんにこき下ろされた挙げ句に撤退が相次ぐことになった。

勝ち組はどうサバイバルしてきたのか

 ネットバブル当時の熱狂的な起業ブームと比べれば、現在インターネットビジネスで「勝ち組」と呼ばれているのは、ほんのわずかな企業である。
 その代表的な存在は、「楽天」だろう。オンラインショッピングモールで他の追随を許さない存在に成長した同社の秘密は、いったいどこにあるのだろうか。
 ショッピングモールの「楽天市場」は開業当時、月額5万円という当時としては破格の低料金で出店者を募った。この時期、総合商社系の他のショッピングモールは利用料金を月額50~100万円に設定していたところが多かったのである。これでは地方の中小の店舗には手が出ない。だが楽天の三木谷浩史社長は、「地方にはターゲット顧客が見つけられないだけで、いい製品を販売している店がたくさんある。インターネットによってこうした店と全国の客を結びつけられれば、かならず多くのユーザーを集めるはずだ」と考え、低価格のサービスを打ち出したのだ。
 ただ低価格なだけでは、先に述べたような「無料で市場を奪う」という陳腐化されたニューエコノミー理論と何ら変わりはなかっただろう。だが三木谷社長は、そこに巧妙な仕掛けを盛り込んだ。月額料金を6カ月前払いの一括入金という方法にしたのである。1店で30万円。30社が出店してくれれば、一度に900万円のキャッシュが入ってくる。このカネを運転資金に回すことでスタート時の資金難を乗り切り、事業を徐々に軌道に乗せていくことができた。資金のほとんどは自己資金だったという。他のネットベンチャーの多くが、VCから多額の投資を受けておきながら、売り上げを得られるモデルも確立できないままどんどん資金を食いつぶしていったのと比べれば、その堅実な手法は際だっている。日本興業銀行(現みずほ銀行)出身らしいプロフェッショナルぶりと言えるだろうか。
 アスキーECやプロジーなどの買収で知名度を上げているライブドア(旧社名はオン・ザ・エッヂ)も、実に堅実な方法でネットバブル崩壊後の不況時代を生き残ってきた。同社は東大中退の堀江貴文社長が起こしたベンチャー起業で、当初はウエブ制作などを主な事業としていた。同社はネットバブルが過熱していたころに公募などでかき集めた資金を無駄に使わずにキープし、ウエブ制作という地道なビジネスで基礎体力をつけ、そして現在では数少ないネットの勝ち組として注目を集めるに至っている。
 堀江社長は「失敗したベンチャーの経営者は、ファイナンス(金融)がわかっていない人が多い。コスト感覚も非常に甘いところが多かった」と指摘する。実際、ライブドアのコストに対する考え方は、非常に明快だ。「投資すべきところにはカネを惜しまず、不要なところにはいっさいカネを出さない」とでも言えるだろうか。
 たとえば同社は、同じ20代の若い社員でも最大1500万円の年収差をつけているのだという。驚くべき話である。だが堀江社長は筆者の取材にこう話している。
 「無能な社員の給料を下げ、優秀な社員の給料を上げるという当たり前のことをしているだけだ。ただ一般の企業は中間管理職が『あいつは能力は低いけど、頑張ってるから給料を下げてやりたくない』と考えがち。わが社では私がみずから憎まれ役、悪者の役を一手に引き受け、自分自身で無能な社員に減俸を通告する。不況下で人材は余っている。よけいな人はいらない」
 あまりにもドライすぎるだろうか。だが米国でも日本でも、ネット企業の勝ち組は徹底的なコストカットを行っている。それが倫理的に正しいかどうかは別にして、こうした考え方の企業が今後は生き残っていくのは間違いないだろう。

「勝ち組」が「負け組」を呑み込んでいく

 勝ち組の企業は現在、負け組となって破たんした企業、経営危機に陥った企業などを次々と買収しつつある。
 たとえば楽天は検索ポータルのインフォシークやライコス、宿泊予約サイト「旅の窓口」、ネット専業のDLJディレクトSFJ証券などを次々と傘下におさめた。金融からポータルまでそろえ、「インターネット財閥」と呼べるほどの規模になりつつあると言っていいだろう。最近では神戸のJリーグチーム「ヴィッセル神戸」を買収し、トルコから人気サッカー選手のイルハン・マンシズを招聘して話題を呼んだ。ライブドアも同様で、2002年ごろからベンチャー企業など10数社を立て続けに買収している。
 両社に限らず、勝ち組企業によるM&A(企業の合併・買収)はここ数年、急増しているという。東証マザーズなど新興株式市場に上場しているネットベンチャーが行ったM&Aの数は、毎年数十パーセントずつ増えているという統計数字もあるようだ。経営不振に陥ったベンチャーが大手企業に買収されるケースが多い一方で、特定分野に強いベンチャーが大企業のリストラ対象部門や未公開企業を買収する動きもあるという。
 この背景には、商法が改正されて株式交換による買収が可能になったこともあるようだ。株式交換のスキームを使えば、買収する際に巨額のキャッシュは不要だからである。
 それにしても、なぜこれほどまでに買収が活発に行われているのだろうか。ライブドアの堀江社長は、こう話すのである。
 「ネットバブルで失速した企業が、2002年ごろから安価に放出されるようになってきた。これからがインターネットビジネスの収穫期だというのに、たいへんもったいない話だと思う。秀逸なビジネスモデルを持っている企業も多いので、きちんとコスト計算を行い、体制を立て直せば黒字化することは簡単にできる」
 勝ち組が負け組を買いあさる――そんな構図ができつつあるようだ。たとえば(ちょっと混乱しそうな話ではあるが)ライブドアの社名のもととなった旧ライブドア社は、旧オン・ザ・エッヂが2002年11月に買収した。旧ライブドアは、1999年に設立された無料ISPである。ユーザーがインターネットに接続するたびに電話回線の通話料の一部を販売手数料として電話会社から受け取るモデルを構築し、会員数も150万人に達していた。だが設備や人件費のコスト増などで黒字化が果たせず、売却先を求めていた。これに旧オン・ザ・エッヂが乗ったのである。
 旧ライブドアは設立以来、約70億円もの資金を投下したといわれている。これを旧オン・ザ・エッヂは、わずか1億2000万円で買収したのである。負け組企業は、どこも破格値で売りに出されている。旧オン・ザ・エッヂはアスキーの電子商取引部門であるアスキーECも買収しているが、この値段は何と約500万円だったという。アスキーというのれん代を考えただけでもたいへんな破格値であることがわかる。
 さて、旧ライブドアを買収した旧オン・ザ・エッヂは、コスト押し上げの要因となっていたアクセスポイントを見直し、東名阪で別々の通信会社と契約していたのをすべて破棄して全国一律のサービスを提供している低価格通信会社と契約を再締結した。また古いネットワーク機器類や外部サービスなども見直し、最大半額という安い値段でリースなどを契約し直したという。さらに約30人いた社員を全員解雇し、新たに送り込んだスタッフ5人で運用を続けさせた。これによって年間2億円以上かかっていた人件費が、わずか2500万円に抑えられることになった。
 こうしてコストを10分の1程度にまで引き下げ、買収した月に早くも単月黒字化を果たしてしまったのである。
 ネットバブル時に立ち上がったベンチャーの多くは、VCから流れ込む潤沢な資金に目がくらみ、厳密なコスト計算もしないままドンブリ勘定の会社経営を行っていたところが少なくなかった。月商数千万円規模なのに、港区内に月額300~500万円もの家賃を払って高級オフィスを構えているところもあった。そうした会社は秀逸なビジネスモデルを持っていても、結果的には破たんし、そして勝ち組企業に買い取られていっている。ブロードバンドがようやく普及の臨界点を突破し、これからネットビジネスが全開になろうという時期なのに、負け組の起業家たちは再出発の資金さえままならない状況にある。勝ち組たちが次々と会社を買いあさり、巨大化していくのを指をくわえてみているしかない。
 かつて19世紀末、アメリカで自動車産業が花開いた時期があった。一時は数千社が乱立していたとされる。だが世紀が変わるころから淘汰の波が押し寄せ、合併・買収・破たんなどによって数はどんどん減り続け、やがて「ビッグ3」と呼ばれるGM、フォード、クライスラーの3社に統合していった。これと同じことが100年後の今、インターネット業界で起きつつあるのかも知れない。

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本当に大丈夫? メガバンクのセキュリティ度(サンデー毎日 2004年4月)

 ヤフーBB、ジャパネットたかた、そしてコスモ石油……。大規模なプライバシー流出事件が相次いでいる。企業のセキュリティに取り組む姿勢が、今や問われているのである。そんな中で、「メガバンクのセキュリティはきわめて低い」とする驚くべき調査結果までも現れた。いったいわれわれの預金は大丈夫なのだろうか?

 「日本の多くの企業はセキュリティ対策で落第。特に情けないのは銀行ですね。メガバンクをはじめ、どこの銀行もセキュリティに関する意識が欠落してしている。銀行はこんなことで個人情報がちゃんと守れるのか」
 あきれ顔で語るのは、慶応大環境情報学部の武藤(たけふじ)佳恭教授である。セキュリティ問題の専門家である武藤教授は昨年、ベンチャー企業のアイ・サイナップ社(本社・東京都港区)と共同で、国内の上場企業3300社を対象にしたセキュリティ調査を行った。その結果は驚くべきものだったという。
 「6段階評価でトップの合格点をつけたのは、キヤノンソフトと日本ユニシスの2社だけ。後は上から2番目のランクが3社あっただけで、大半は不合格だったといえます」(武藤教授)
 点数の低さが目立ったのが、金融機関。別表を見ていただけるとわかるが、世界に冠たるメガバンクでも、みずほフィナンシャルグループと三井住友銀行が上から3番目のランクで「問題がある」レベル、UFJ銀行と東京三菱銀行は上から4番目だった。「明らかな問題がある」というレベルだという。
 他の地銀に目を向ければ、もっと悲惨なところもある。群馬銀行や先ごろ破たんした栃木県の足利銀行は6段階評価の最低ランク、セキュリティ対策がほとんど施されていないというレベルだ。これらの銀行はホームページが改ざんされたり、最悪の場合は顧客データが漏洩しかねない状況に置かれていたというのである。何とも恐ろしい話ではないか。
 この問題は、国会でも取り上げられた。3月17日に開かれた衆院の財務金融委員会で、民主党の中塚一宏議員が追及したのである。委員会には、メガバンク4行のトップも参考人として呼ばれていた。
 中塚議員「調査結果を見ると、とても安全だといえるような状況ではないということです。どのような感想をお持ちか」
 前田晃伸・みずほフィナンシャルグループ社長「いま初めて拝見したんですが、私どもはネットワークのセキュリティに関しましては、万全な手当てをしていると自負をいたしております」
 三木繁光・東京三菱銀行頭取「私どもも、外部のコンサルタントから評価は受けています」
 寺西正司・UFJ銀行頭取「毎年、システム全般のセキュリティについては外部監査を受けておりますし、外部から攻撃を受ける可能性のあるシステムについては疑似ハッキングというようなこともやってございます」
 西川善文・三井住友銀行頭取「こういったレポートも参考にしつつ、また外部のコンサルティング会社の助言なども得つつ、優先順位をつけて対応していくということが肝要かと思っております」
 中塚議員「前田参考人、ネットワークは万全だとかいうふうには言わない方がいいと思うんですがね。というのは、この委員会もインターネットで中継なんかされていて、恐らく見ている人はいっぱいいます。その中にはハッカーとかクラッカーというふうに呼ばれる人がたくさんいるし、今の発言を聞いて『じゃ、やってやれ』というふうな人間だって出てこないとは限らない」
 メガバンクトップの発言はいずれも自信満々だが、本当に大丈夫だろうか。
 それにしても、メガバンクの各トップが「知らなかった」と言ったこのセキュリティ度調査。確かに知名度は低いのは事実で、本当に信用できるのだろうか。
 しかし、実際の調査にあたったアイ・サイナップ社の江藤潔社長は力説する。
 「セキュリティ業界ではたいへんな権威のあるNPO(非営利団体)であるサンズ(SANS)がFBIと協力して作成したもので、アメリカでは非常に有名なものです。もっとも、日本ではこれまでほとんど知られていませんでした」
 サンズは1989年にアメリカで設立され、政府や企業でセキュリティ対策に携わる人々の教育を中心に活動を続けている。サンズのセミナーを受講したセキュリティ専門家は、延べ16万人以上に達しているという。メンバーの中心は、政府機関職員や大学研究者、セキュリティ関連企業の専門家といった人たちだ。
 ワシントンDCにあるサンズ本部の広報担当は、
 「インターネットのセキュリティホールは、今やたいへんグローバルな問題になっている。大企業や政府だけでなく、家庭のパソコンも同じセキュリティホールを悪用されて侵入されてしまう。このためには多くの人や組織が共同戦線を張って対抗していかなかければならない」
 と話す。こんな考えから、サンズは企業などが最低限守らなければならないセキュリティ対策をまとめたリストを作成しているのだという。これが今回、アイ・サイナップ社の調査で使われた「サンズ・トップ20リスト」と呼ばれる評価リストだ。
 リスト作成にはFBIの関連団体である国家インフラ防御センター(NIPC)が公式に参加。現時点の最新版である2003年版は、FBIからセキュリティ対策の移管を受けた米国土安全保障省、イギリスの国家インフラセキュリティ協力センター(NISCC)、カナダ政府重要インフラ保護・緊急準備部(OCIPEP)などが、サンズとともに名を連ねている。このリストがどれだけ権威のあるものか、わかっていただけるだろうか。
 武藤教授は、
 「サンズ・トップ20は、最低限満たしておかなければならないセキュリティのルールを定めたもので、いわば『セキュリティの常識』といったような内容です。専門家から見れば『外出するときは、靴を履きましょう』といった程度のことが書かれているだけです」
 と説明する。つまり日本企業の多くは、「靴を履く」という最低限の常識さえ守られていないというのである。何とも情けなく、恥ずかしい話ではないか。
 アイ・サイナップ社は「サンズ・トップ20」を自動的に検査してくれるソフトを入手し、昨年1月に約1週間かけて上場企業3300社のホームページが置かれているサーバーコンピューターを検査したという。
 ホームページを対象にしたのは、外部からインターネット経由で誰でもアクセスできるようになっているからだ。
 少し難しくなるが、わかりやすく説明してみよう。通常、企業のホームページはサーバ上で「ウエブサーバーソフト」と呼ばれるプログラムを動かすことによって運営されている。ウエブソフトにはウインドウズ向けの「IIS」やユニックス向けの「アパッチ」などさまざまな種類がある。しかしこうしたソフトはハッカーなどに狙われやすい。彼らはソフトの欠陥ともいえるセキュリティホールを探り出し、侵入方法を日夜研究しているのだ。いったん侵入されると、ホームページを勝手に書き換えられたり、ホームページが置かれているサーバの中にある個人データを盗まれるといった被害が出てしまう。
 このためソフトを開発・販売している側も、新たなセキュリティホールが見つかるたびにバージョンアップし、一生懸命「穴」をつぶしている。まさにイタチゴッコの世界なのである。
 ところが、せっかくバージョンアップしたのにもかかわらず、使っている企業の側が新しいバージョンを導入しないとどうなるだろう。セキュリティホールがそのままになっている古いバージョンを使い続けた結果、その「穴」を悪用したハッカーにあっさり侵入されてしまう……という結末を迎えるのである。こうしたウエブソフトを使う際は、どんどん新しいバージョンに更新していくことが何よりも大事なのだ。
 「サンズ・トップ20」の評価基準は数多くあるが、その中でも利用されているソフトのバージョンがちゃんと更新されているかどうか、というのが重要な項目のひとつとなっている。ところがメガバンクをはじめとする日本企業は、これらのソフトが古いバージョンのまま放置されているところが、圧倒的に多いということが調査結果からうかがえる。
 それにしても、メガバンクではなぜこうしたセキュリティの低い状態が放置されてきたのだろうか。
 もちろん、今回の調査は企業のホームページが置かれている公開のサーバーが対象となっており、銀行口座を扱っている基幹システムを調べたものではない。だから評価ランクが低かったからと言って、イコール「預金口座が危ない」とは言えない。
 しかし、一事が万事という言葉もあるではないか。こうした調査結果に不安を感じない人はいないだろう。実際、海外ではハッカーによって勝手に口座が操作され、現金が盗まれる事件が銀行を舞台に頻発しているのだ。
 都銀からIT業界に転身し、現在はとあるベンチャー企業の社長を務めているA氏が事情を説明する。
 「都銀はどこも古い大型コンピュータを使っており、各行バラバラのシステムになっていた。合併してメガバンクになった段階で、古めかしい巨大システムを統合するのに各社とも四苦八苦したのです。今もこうした影響は残っており、各メガバンクのシステム担当者はシステムを問題なく動かすことにしか目が行っていない。かつての同僚に聞いてみても、『セキュリティにまで手が回らない』というのが現場の実情のようです」
 おまけに一昨年から昨年にかけ、大規模なコンピューターウイルス被害が何度も発生し、日本でも猛威をふるった。「ウイルスに対応するためにウエブサーバーソフトを別の製品に入れ替えるなどした銀行が多かったため、さらに混乱が拡大したようです」(A氏)というのである。
 さらに今年に入ってからは、ヤフーBBやジャパネットたかた、コスモ石油などで大規模な顧客データ流出事件も発覚している。来年4月には個人情報保護法も施行されるため、「大手企業はどこもプライバシー保護の体制作りに大わらわです。プライバシー保護ビジネスが“プチバブル”状態になっている」(IT業界関係者)という。このような状態では、ますます混乱が倍加していく可能性もあるだろう。
 メガバンクのセキュリティの低さは、他の面からも裏付けられている。たとえば企業のセキュリティ度を示す基準として、「情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)」と呼ばれる基準があり、英国の「BS7799」や日本の「ISMS認証基準」といった評価制度がある。最近は取得する日本企業も増えているのだが、しかしメガバンクに目を向けてみると、このISMSを取得している銀行は皆無なのである。
 今回の調査結果について、メガバンク各行は別表のようにコメントしている。各行とも、それなりの努力はしているのだろう。だが本当に大丈夫なのだろうか。
 武藤教授はこう指摘するのだ。「カネという大事な情報を扱っているのにもかかわらず、日本の銀行はセキュリティ意識が決定的に欠如している。何か事故が起きても、『これは天災のようなものだ』と他人事のように考え、責任回避をする文化が相変わらず大手を振っている。サイバー社会では、そうした意識はもう通用しません」
(ジャーナリスト・佐々木俊尚)

■別表1

アイ・サイナップ社が評価した各銀行のセキュリティ度(数字は6段階評価。数字が小さいほどセキュリティ度は高い)

みずほフィナンシャルグループ 3 http://www.mizuho-fg.co.jp
UFJ銀行 4 http://www.ufjbank.co.jp
東京三菱銀行 4 http://www.btm.co.jp
三井住友銀行 3 http://www.smbc.co.jp
大和銀行 3 http://www.daiwabank.co.jp
あさひ銀行 3 http://www.asahibank.co.jp
第四銀行 3 http://www.daishi-bank.co.jp
北越銀行 3 http://www.hokuetsubank.co.jp
西日本銀行 4 http://www.nishigin.co.jp
千葉銀行 3 http://www.chibabank.co.jp
横浜銀行 3 http://www.boy.co.jp
常陽銀行 3 http://www.joyobank.co.jp
群馬銀行 6 http://www.gunmabank.co.jp
足利銀行 6 http://www.ashikagabank.co.jp
武蔵野銀行 3 http://www.musashinobank.co.jp
関東銀行 3 http://www.kantobank.co.jp
青森銀行 3 http://www.a-bank.co.jp
秋田銀行 3 http://www.akita-bank.co.jp


■別表2

メガバンク4行に聞いたセキュリティへの対応状況

問1 今回の調査結果が国会で取り上げられた後、何らかの追加対策を採ったか。
問2 セキュリティ対策を示す基準である「ISMS」は取得しているか。
問3 多発している顧客情報流出事件を受けて、新たに何らかの対策を追加したか。

東京三菱銀行
①セキュリティについては専門の部署があり、常にレベルアップを図り続けている。国会で取り上げられたことで急に何かを実施するということではなく、セキュリティ対策は継続的に進めるべきだと考えている。
②「BS7799」を想定しながら、対応を進めている。
③個人情報保護法の施行を見据えて、さらに優先順位を上げて対応を進めている。

みずほフィナンシャルグループ
①システムは、所管部署が厳格な運用管理を行っており、定期的に監査法人やシステムベンダーなど外部の専門機関によるチェックを行っている。システムを外部委託する場合も、セキュリティ対策などの観点を含む選定基準に則って委託先を選定し、委託中もセキュリティ対策について定期的に報告を受けている。
②取得していない。
③グループ共通のセキュリティポリシーを制定し、セキュリティ対策を明確に定めて遵守することなどを通じて顧客情報漏洩の防止に努めている。さらに最近の状況をふまえ、セキュリティに関する社内研修や個人情報管理の再徹底も行っている。

UFJ銀行
①平素よりセキュリティ向上については努力しており、国会で指摘された点についても十分に参考にさせていただいている。
②現時点では取得していないが、継続的に検討していく考え。
③従来から万が一にも情報漏洩がないように、各種の対策を講じている。今後とも他社事例なども研究し、対策を高度化していきたい。

三井住友銀行
①従来よりセキュリティ体制の構築には最善を尽くしているが、ファイアウォールのレベルのさらなる引き上げや、アクセス制限の強化を図り、必要に応じて外部の専門家の助言なども得てセキュリティの陳腐化を防いでいきたい。
②認定は受けていない。
③顧客データの管理については従来よりシステム部で開発と運用セクションを分離し、データ利用部門でも管理責任者と情報管理担当者を定めるアンド、厳格な運用体制を取っている。最近の顧客データ流出事件に鑑みて、今後も引き続きセキュリティの陳腐化防止とレベルの向上に努めたい。

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残酷か、それとも崇高か――映画「パッションの衝撃度」(サンデー毎日 2004年4月)

 近年、これほど社会的に物議を醸した映画も珍しいだろう。イエス・キリストが十字架に磔(はりつけ)にされるまでの12時間を克明に描いたアメリカ映画「パッション」である。ユダヤ人団体から猛烈な抗議行動が起き、あまりに残虐なシーンにショック死する観客も現れた。ゴールデンウイークから日本でも公開されるこの映画、「無宗教」の日本人にはどう受け止められるのだろうか。
 「パッション」の脚本・監督は、あのメル・ギブソン。映画「マッドマックス」や「ブレイブハート」でおなじみのハリウッドの人気俳優と言った方がわかりやすいだろう。ギブソン監督はカトリックの熱心な信者で、この映画の構想を12年もかけて練り上げ、約2500万ドル(約27億円)の私財を投じて完成させたという。
 そのストーリーは、とてもシンプルだ。舞台は紀元前1世紀のエルサレム。キリストが弟子のひとりであるユダの裏切りによって捕らえられ、ローマ帝国の総督に引き渡される。ローマ兵によって全身をむち打たれ、そしてイバラの王冠をかぶせられる。血まみれになったキリストはついで十字架を負わされ、ゴルゴダの丘を上り、十字架にかけられて手足を太い釘で打ち付けられる。血を流すイエスは、彼を裁こうとする人々のために祈り続ける。そして最期の時がやってくる――。
 わすかこれだけの物語である。キリスト教に帰依していない日本人には、あまり馴染みのある話ではない。だがその描写のリアルさと圧倒的な映像の表現力は戦慄さえ覚えるほどで、キリスト教を信仰する人々にとってはこの映画が途方もないインパクトに満ちているであろうことは想像にかたくない。
 実際、「パッション」は完成後、たいへんな騒動を巻き起こした。
 もっとも大きな問題は、映画の中で、キリストを死に追いやったのがユダヤ人であることがあまりにも明白に描かれていることだった。
 キリストはユダヤ人司祭の差し向けた兵に捕らえられ、ユダヤの裁判で冒涜者と宣言される。そしてキリストを収監したローマ帝国提督に対し、ユダヤ人群衆は「十字架にかけろ」と叫ぶのである。ユダヤ人団体からは猛反発が起き、ニューヨークの映画館の前ではナチスの強制収容所の収容服に身を包んだユダヤ人らが上映中止を求めるデモを行い、「ヒットラーの味方をするのか」という批判がギブソン監督にも向けられた。
 配給会社もなかなか決まらず、一時は公開を危ぶむ声さえあったという。だが昨年末、カトリックの総本山であるバチカンで試写会が行われ、ローマ法王のヨハネ・パウロ2世が「(新約聖書で)伝えられている通りだ」とコメント。この発言が事実上のゴーサインとなり、今年2月25日に全米で公開されたのである。蓋を開けてみれば、公開後5日間の興行成績が137億円に到達。「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」を抜いて歴代1位に躍り出たほどだった。
 公開後も、騒ぎは続いた。
 米カンザス州では50歳の女性が、そしてブラジルでは43歳の男性牧師が上映中に相次いで心臓麻痺で死亡した。米ジョージア州では30代の夫婦が映画の解釈をめぐってケンカになり、はさみで斬りつけ合う事態となった。またテキサス州では、恋人を殺した21歳の男がパッションを観て改悛し、警察に出頭した。キリスト教圏の人たちにとっては、人生を変えてしまうほどの重い衝撃を与えているようなのである。
 たかが映画――というなかれ。この映画は、なぜこれほどのインパクトを持っているのだろうか。「パッション」の配給元である日本ヘラルド映画の後藤優・宣伝プロデューサーは、
 「出演者が全員、当時の言葉を使って演技をしており、ギブソン監督は当初字幕もつけずに公開するつもりだったほどで、リアルに史実を再現することに徹しています。加えて映像に圧倒的な迫力もあるからではないでしょうか」
 と話す。映画ではキリストと弟子たちを含むユダヤ人はアラム語を、ローマ人たちはラテン語を話しており、米国では英語字幕をつけて上映されている。古語で演技を強いられた俳優の苦労も察せられるが、字幕なしで公開しようとした監督も相当なものである。ギブソン監督はかつて鬱病やアルコール依存症などに陥ったが、キリストへの信仰を深めることによって病気を克服したのだという。熱心なカトリックの信者である。異常なこだわりぶりは、信仰のなせるわざなのだろうか。
 そのこだわりは、日本での公開にも及んだ。細かい注文を山のようにつけてきたのである。
 通常、外国映画が日本で公開される場合、日本の配給会社によって若干の編集が行われることがある。たとえば映画倫理管理委員会(映倫)から「残虐シーンが多すぎる」などといった指摘があれば、R18(成人映画)に指定されるのを避けるため、残虐シーンの一部をカットするといったことが行われるのだ。ところが「パッション」に関してギブソン監督は、いっさいの改変を認めなかった。後藤プロデューサーは、
 「予告編も本編もネガを渡してくれず、日本に送られてきたのは現像済みのプリントだけでした」
 と話す。このため日本ヘラルドは、本編を短く削るなどの編集作業を行うことができなかった。日本独自の予告編制作も認められなかった。
 さらにギブソン監督は日本語字幕についても、キリスト教団体に監修させるよう求め、監修者として具体的にひとりの人物を指名してきた。
 超教派のキリスト教伝道団体である「日本キャンパス・クルセード・フォー・クライスト」の岡野啓子さん(39)である。岡野さんはプロテスタントの宣教師として20年近い経験があり、以前、キリストの生涯を描いた「ジーザス」という映画の字幕翻訳に関わったこともある。この経験を買われたのだろう。岡野さんは、
 「短い字数で、クリスチャンではない一般の方にもわかるような言葉に置き換えるのにたいへん苦労しました」
 という。
 岡野さんによると、この3月にはキリスト教関係者向けの試写会が都内で開かれ、約180人の神父や牧師、宣教師らが出席したという。
 「当日はカトリック、プロテスタントそれぞれの聖職者たちが同席するという珍しい機会となりました。上映中はすすり泣く声も聞こえ、終わった後に会場で『ここに集まっている人たちで祈りましょう』と呼びかけがあり、皆でお祈りをしました」
 何とも前代未聞の不思議な試写会だったようだ。「パッション」が、日本のクリスチャンにもたいへんなインパクトを与えていることがおわかりいただけるだろう。
 しかし一方で、無宗教が大半を占める日本人にとって、この映画は別の影響を与えるのではないかと懸念する声もある。ヘラルド映画の関係者は、
 「ギブソン監督の本来の狙いとは違った方向に興味が集まり、その結果残虐なシーンだけがやり玉に挙げられて『こんな残虐な映画を子供に見せるとは何ごとだ』という批判が巻き起こるのではないか。そんな不安もある」
 と本音を打ち明ける。
 確かに、そのむち打ちや十字架刑のシーンはすさまじいばかりの苦痛に満ちており、胸のむかつきを覚えるほどだ。キリストが鞭を打たれるたびに飛び散る血や肉、十字架にかけられて手足に釘を打たれるときの骨に響くような重苦しい音が、どこまでも生々しく描かれるのである。
 しかし岡野さんは、こうしたむごい描写があってこそ――と言うのである。
 「イエスが人々の原罪を背負い、これほどまでに痛めつけられ、苦痛を一身に受けて人々のために死んでいった。それが心の底から理解でき、イエスに改めて『ごめんなさい、ありがとう』と伝えたい気持ちになりました」
 この映画は、実は日本では「PG12」で公開される。映画倫理管理委員会(映倫)が「12歳未満(小学生以下)の鑑賞には保護者の同伴が適当」と定めたものだ。しかし海外では、イギリスやオーストリア、カナダなど多くの国で18歳未満禁止に指定されている。
 前出のヘラルド映画関係者は、
 「延々と続く鞭打ちのシーンは正視できないほどで、うまく通ってもせいぜいR15(15歳未満鑑賞禁止)ではないかと思った。だがキリスト教的な映画であることが考慮されたのではないかと思う」と話し、そしてこう不安を口にするのである。
 「ミッションスクールの子どもたちなどが観に来て、ショックを受けて倒れるような事態にならなければいいのですが……」
 ギブソン監督の重いメッセージは、日本の子どもたちにうまく伝わるだろうか。
 岡野さんは言う。
 「テレビゲームは敵を殺しても痛さがわからない、バーチャルだと言われる。だったらこの『パッション』を観て、キリストの苦しみと痛みを実感してほしい。人のために痛みを引き受けることがどれほどつらく、しかしどれほど素晴らしいことかがわかってもらえるはず」
 バブル崩壊後の不安定な世相の中で、宗教に帰依まではしなくとも、精神的なものに関心を抱く人は若者ならずとも増え続けている。「パッション」は2004年の日本人の心に、予想もしなかったようなインパクトを与えるのかもしれない。
(ジャーナリスト・佐々木俊尚)

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