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March 07, 2004

ヤフーBB事件に見るプライバシーの値段(PC Explorer 2004年3月)

 Yahoo!BBの加入者情報漏洩事件が「史上最悪」というレッテルを張られ、大騒ぎとなっている。確かに451万人という数は尋常ではない。タイミングよく消費者金融の三洋信販や通販のジャパネットたかたの個人情報漏洩事故が報道されたこともあり、マスコミの「祭り」はこれまでにないほどの盛り上がりを見せている。
 全国紙社会部記者が語る。
「取材班が結成され、デスクから『ほかにも情報漏洩があるはずだ。なんとしても探し出せ』と命令されています。名簿業者や総会屋なんかに総当たり取材をかけて、流出名簿を探している最中です」
 その成果というべきか、Yahoo!BB事件のあおりをしっかり食ってしまったのが、ジャパネットたかただろう。Yahoo!BB事件が発覚した2週間後、毎日新聞がスクープした同社の漏洩事故は、なんと1998年ごろの話という。毎日の記事の中で、同社の高田明社長はこう話している。
 「リストが流出したとみられる6年ほど前はラジオからテレビショッピングに移行しつつあった時期で、システム変更を迫られていた。甘さがあったのかもしれない」
 98年といえば、まだインターネットバブルが盛り上がる以前である。ネットビジネスがようやく立ち上がりつつあった時期で、個人情報保護を気にかけている企業などほとんどなかったといっていい。こんな昔の話を持ち出されても……という思いで毎日の記事を読んだ人はネット業界には少なくないはずだ。
 だがYahoo!BB以外のネタに飢えていたマスコミは、この毎日のスクープに飛びついた。テレビ、新聞各社はこの報道を後追いし、結果的にジャパネットたかたはテレビやネット上での通販を自粛するという苦渋の決断に至ることになるのである。営業をストップしたことによる損害は数十億円に上るとみられ、たいへんな事態となってしまった。
 一方のYahoo!BBも事件発覚後、孫正義・ソフトバンク社長が記者会見で「おわびとして全会員に500円の金券を配る」という方針を明らかにした。かかるコストは総額で40億円に上るという。この金額は昨年、ローソンの顧客名簿が流出した際、同社がお詫びとして顧客に配った商品券の金額をお手本にしたとされる。
 今回流出した個人情報は、①住所②氏名③電話番弓④メールアドレス⑤Yahoo!ID⑥申込日。ちなみにプライバシー業界では①住所②氏名③生年月日④性別の4つを「基本4情報」と呼んでいる。これに趣味や職業、嗜好、体型といった「属性情報」が加わると、個人データの価値は一気に跳ね上がると言われている。ダイレクトメールなどのターゲットを絞りやすくなるからだ。今回Yahoo!BBから流出した個人データの属性は、メールアドレスや申込日などで、あまり重要な意味を持たない。意味があるとすれば「Yahoo!BBの会員であること」という属性情報だが、これも大きな価値はない。
 となると、この500円というのは基本4情報に支払われた価格というべきだろう。これは適正なのだろうか?
 500円というのは、別に法律や判例で決められているわけではない。過去には、金額がひとり1万円と算定されたこともある。しかも、権威ある裁判所から認定されているのだ。
 以前、京都府宇治市で住民基本台帳のデータがアルバイトに盗まれ、名簿業者に売りつけられてしまうという事件があった。この事件が発覚してから宇治市民3人が、市を相手取って損害賠償を求める裁判を起こした。法廷ではかなり争われたが、最終的には1人あたり慰謝料1万円+弁護士費用5000円を市が支払うという判決が確定している。
 同じような裁判では、早稲田大学で中国国家主席だった江沢民氏の講演会が開かれた際、大学側が参加者の名簿を警視庁公安部に渡してしまったという事件もある。「意図的な個人情報の漏洩だ」と参加者の学生が大学を提訴し、このときもやはり慰謝料1人1万円という判決が出ている。
 もし仮に、ソフトバンクが加入者全員に1万円ずつ払わなければならなくなったら、どうなるだろう。流出した451万7039人×1万5000円=677億5558万5000円と、天文学的な数字になる。ソフトバンクは事件の渦中にあった3月初旬、米シティバンクからヤフーBBの事業資金として11億3500万ドル(約1241億円)もの巨費を借り入れているが、この半分が吹っ飛んでしまう計算だ。
 損害は、これだけではすまない。事後の対応を誤れば、信用を失墜し、シェアを失ったり、株価が下落してしまう可能性もある。そうなれば、賠償金の数倍の損害が発生してくる可能性がある。
 実際、ある弁護士は次のように話している。
 「試算によれば、1件のセキュリティ事故で慰謝料などの支払いに必要な額は平均約3億円。しかしこれは『直接損害』と呼ばれる金額だけで、これ以外に株価や市場シェアなどの『間接損害』は平均27億円にもなるとされている。計30億円の総損害のうち、表に出ない間接損害が90%を占める計算になる」
 もっとも今回のYahoo!BBに関していえば、同社の対応はきわめて素早かった。恐喝を受けるのとほぼ同時に警視庁に被害届を出し、発表後も記者会見を長時間にわたって開き、500円の金券配布をはじめとする対応を矢継ぎ早に打ち出している。こうしたことが功を奏したのだろう。株価は発覚当日、前日終値比300円安の3890円にまで売られたものの、その後は持ち直した。3月中旬現在で4500円前後と、事件前の水準にまで戻している。

 一方、こうした名簿を買う側は、基本4情報にどの程度の値段を付けるのだろうか。ある名簿業者は「Yahoo!BBなら、10万人で30~50万円前後」と話す。これは名簿業界ではかなり安いという。先に書いたように、価値のある属性情報がないからだろう。
 「いちばん価値のあるのは、やはりサラ金の顧客名簿。カネをほしがっている人たちであるというのが明らかだから」という。
 実際、福岡市に本社のある三洋信販の顧客データが流出した事件では、名簿が裏業界に回ったことが明るみに出ている。
 同社は「ポケットバンク」で知られる消費者金融大手で、過去に取引があった顧客計200万人分のデータを持っていた。ところが今年1月5日、外部からの情報提供などで流出が発覚。32万人分の顧客データが漏洩したとみられている。一部は貸し付け残高などの属性情報も含まれていたと見られており、基本4情報だけの流出と比べると事態はかなり申告だ。おまけにこの顧客名簿は「消費者金融を使ったことがある」という重要な属性が含まれている。
 名簿はたぶん、かなりの高価格で売買されたのだろう。名簿に載っていた人のところに架空請求の電話がかかってきたり、はがきが送りつけられてくるようになったのだ。請求の内容は「債権を譲り受けたので、支払ってほしい」といったもので、三洋信販に寄せられた相談の中には、実際に支払ってしまったという顧客も92人いた。被害総額は3200万円に上っているという。
 電話では「三洋信販の件では迷惑をかけた」「情報が漏洩したので、一括返済できるお手伝いをしたい」など、三洋信販の名前を使ってるケースも少なくない。流出した名簿を使って電話をかけてきているのは明らかだろう。
 もし顧客が裁判を起こし、架空請求との因果関係が立証される事態ともなれば、損害賠償額は1万円どころではすまないだろう。
 さらに問題は、今回のYahoo!BB事件をきっかけに、闇の勢力が「流出名簿は格好の恐喝ネタになる」ということに気づいたことだ。名簿が流出していたことが発覚すれば、企業に与えるインパクトは計り知れない。そこに犯罪者のつけいるスキができる。
 毎日新聞がジャパネットたかたの古い漏洩事故を報道したように、掘り返せば流出名簿などどこにでも転がっている。こうした材料をマスコミがつつき、闇の勢力がネタとして悪用し……という事態は今後ますます増えていくことになるかも知れない。

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