事件簿「日韓サイバー戦争の行方」(iNTERNET magazine 2004年2月)
きっかけは、竹島切手の発行問題だった。
日韓両国の間で領有権が長く争われている「竹島」。韓国では「独島」と呼ばれている。その竹島をデザインした切手約56万枚を、韓国の郵政事業本部が1月中旬に発行したことが騒動の発端となった。
竹島は日韓両国の間で領有権が争われており、韓国が竹島の切手を発行することは、日本政府を刺激することになるのは火を見るより明らかだった。実際、日本の総務省はこの計画に対して以前から「万国郵便連合憲章の国際協力精神に違反する」と発行しないよう求めていたのである。しかし結果的に要請は無視されたかたちになり、この刺激的な行為に日本政府も反発し、川口外相が再度発行中止を韓国政府に求めたほか、10日には麻生総務相が閣僚懇談会で「日本も同種の切手を発行するなど、対抗措置を検討すべきだ」と発言。また福田官房長官も定例の記者会見で「韓国が自国の一部ということで切手を印刷するのであれば問題がある。説明を求めないといけない」とコメントした。
この日本政府高官の相次ぐ発言に、最も強く反応したのが、韓国のインターネットユーザーだった。韓国のインターネットユーザーは「ネチズン(Netizen)」と呼ばれている。
新年早々、小泉首相が靖国神社を参拝したことも彼らの怒りを倍加させていた。彼らは日本政府の対応に反発し、各掲示板などでは「日本政府に抗議しよう」などと言った書き込みが相次いだ。しかしこの段階では、まだ大きな騒ぎにはなっていない。
日本に対する怒りが飽和状態になっていたこの状況に、一気に火をつけたのはdkbnewsというインターネットのニュースサイトに掲載された一本の記事だった。その記事は「韓国を嘲笑する日本のサイトにネチズンが怒る」と題し、インフォシークジャパンの無料ホームページサービス「isweb」上に昨年末に開設された「Kの国の方式」というウエブサイトを取り上げた。「Kの国の方式」は、韓国で撮影されたと見られる数多くの写真に、短いキャプションをつけて構成されたホームページである。説明は日本語で書かれており、開設者は日本人とみられている。そしてこのサイトの内容は、韓国のネチズンたちを強く刺激した。
反発が大きかったのは、たとえば「Kの国の学校には、校庭もプールもないそうです」とキャプションが書かれ、校舎の屋上で体操をしている子どもたちの写真や、あるいは韓国の犬食文化の実態を撮影した写真の数々だった。dkbnewsは「韓国の掲示板などで集めた写真のうち、猟奇的なものや嫌悪をもたらすようなものばかりを集め、それを韓国の一般的な姿であるかのように表現している」「意図的に韓国を汚く不潔で礼儀のない人々の国であるかのように説明し、韓国に対する敵対的な感情をあらわにしている」と批判した。
この報道に、韓国ネチズンたちの反日感情は一気に広がった。「dcinside」「enjoyjapan.naver.com」「jjang0u.net」などの掲示板で日本のウエブサイトへの攻撃が呼びかけられたのである。
「攻撃」といっても、その手法は簡単だった。F5アタック――つまりターゲットとなるウエブサイトをブラウザに表示させ、F5キーをひたすら連打するのである。F5はリロードボタンであり、ウエブサーバに対して画面再読み込みの送信要求を送る。ごく当たり前の機能だが、多数のクライアントから一斉にページの再送信請求が送られ、サーバが想定している最大接続数を超えれば、過負荷状態となってダウンしてしまう。ウエブサーバを落とすことだけを目的にするのであれば、単純だが強力なDoS(サービス拒否)攻撃の典型的手法といえるだろう。
韓国ではこのF5アタックを、日本のウエブサイトに対して波状的に行った。ターゲットとなったのは、日本の巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」である。2ちゃんねるの「ハングル板」で韓国に対して敵対的な書き込みが行われていることが伝わり、10日朝からはハングル板へのF5アタックが集中的に行われる。実際にはキーボードのF5ボタンを連打するだけではなく、2ちゃんねるのウエブサーバに再送信要求を連続して送ってくれるツールが「方法2003」という名称で配布され、このツール経由でかなりの数のアタックが行われたとみられている。またスパムまがいのメールも、大量に2ちゃんねるのウエブマスター宛に送りつけられた。
F5アタックは10日、ほぼ終日にわたって何度も続けられた。そのたびに2ちゃんねるは重くなり、一時はサーバダウン寸前までになったとみられる。2ちゃんねる管理人のひろゆき氏は、当日の状況を次のように証言している。
「『韓国から攻撃が来るらしい』という書き込みがあったが、そうした予告はひんぱんに行われているので、あまり気にしなかった。だが実際に攻撃が加えられ、びっくりした」
膨大な数の掲示板が24時間運営されている2ちゃんねるのサーバ群は、米国に置かれている。攻撃が加えられたのはこのうち、「ハングル板」「ニュース速報」の両掲示板、それにトップページが置かれていた計3台のサーバだった。
10日夜から11日にかけて、韓国の各掲示板では「12日に最大規模の攻撃を行おう」といった呼びかけが行われた。だがこの間、2ちゃんねるサーバ管理者はダウンの危険性を回避させる作業を進めており、最終的に韓国発のIPをすべてシャットアウトさせる措置をとった。これによって危機的な状態は脱し、ダウンの危険性はなくなった。
ひろゆき氏は「この措置によって、韓国側からは2ちゃんねるが見えなくなった。この状況を見て、韓国側では『2ちゃんねるを落とした』と言っていたのかもしれない」と話す。そして「2ちゃんねるのサーバは最大接続数が500程度に設定してあるが、攻撃が集中していた時期でもコネクションがすべて埋まっていないことがあった。それから判断すると、攻撃を加えていたのは多くて1000人程度、少ないときには100人ほどしかいなかったのではないか」と推測している。
この間、韓国側では朝鮮日報をはじめとする有力紙が「韓日サイバー大戦が勃発」「サイバー壬辰倭乱』に発展」といったセンセーショナルな記事をリアルタイムで配信した。「壬辰倭乱」というのは、豊臣秀吉の朝鮮出兵のことである。一連の攻撃を戦争状態に比し、このような表現を使ったのだろう。
だが日本側の反応を見ると、何らかの組織だったアクションが行われた形跡はほとんどない。ひろゆき氏は掲示板上で、次のように呼びかけた。
「相手がどんなバカなことをしていても、同じレベルに落ちるほうがかっこわるいと思うです」
「彼らは彼らなりの義憤でやっているのだと思いますが、程度の低い方法を取る人たちにレベルを合わせるのではなく、バカな行為でやり返したりしないことで、民度の高さを見せつける方法を取りませんか」
「(日本人側が)F5を押して反撃だと考えていたら、それは頭の悪い行為だと思うです。少なくとも、彼らがサイトを攻撃をすることで意志を伝えようとした事実は、新聞に残っていますし、こういった細かい事実の積み重ねが、外交のカードの一助になれば、被害を受けた甲斐があったというものです」
とはいえ、反撃がまったく行われなかったというわけではない。韓国を挑発するかのように「Kの国の方式」のミラーサイトが次から次へと作られ、また人気ドラマ「冬のソナタ」の俳優ペ・ヨンジュンのウエブサイトを攻撃するようなことも行われた。
一方、韓国側も必ずしも組織だった戦争を展開していたというわけではない。リアルタイムで韓国の掲示板を観察していた日本人ネットユーザーは証言する。
「特定の人物がリーダー的存在となって世論を喚起し、導いていったという状況ではない。誰かが『ここを攻撃しよう!』と叫ぶと、それに向かってみんなが走り出すという暴走に近い状態だったようだ」
そして韓国側は12日の攻撃がピークで、後は徐々に終息に向かっていく。13日には組織だった攻撃が行われた形跡はほとんどない。
一方で、攻撃を続けている韓国の掲示板サイトに対して何とか連絡を取ろうとする努力も行われた。そして2ちゃんねるの関係者のひとりが、攻撃サイトのひとつの「jjang0u.net」の管理者「Jim」と連絡を取り合うことに成功。このサイトが独自ドメインを所有しており、管理者の所在を突き止めやすかったからだ。Jimは20歳の男子大学生だったという。
そしてこの関係者の仲介で13日夜、インスタントメッセンジャーを使ってひろゆき氏とJimの話し合いが行われた。やりとりは英語で行われたが、米国留学経験があり英語が流暢なひろゆき氏に対し、Jimは英語があまり得意ではなく、あまり突っ込んだ話し合いにはならなかったようだ。
とはいえ「会談」は終始友好的だった。ひろゆき氏が続ける。
「彼は自分たちのやっていることにあまり意味がないことはわかっていたようで、早く終息させるべきだと言っていた。最終的に揉めないようなかたちで終わらせられるように配慮したいというのが、お互いが納得した結論だった」
ひろゆき氏の目には、Jimは若干怯えているようにも映ったという。「独自ドメインで開設していることで個人情報を特定される可能性もある。米シアトルにある2ちゃんねるのサーバ運営会社が韓国のサーバ会社に直接クレームをつけたこともあって、『自分だけが責任を取らされる』という不安を感じていたように見えた。『警察には告訴しませんよね?』といった意味のことを何度も言っていた」
この会談の後、Jimはみずからの掲示板上で「2ちゃんねる攻撃はやめよう」と宣言。これに反発する一部ネチズンたちとの間で対立が生まれ、jjang0u.netのサイトがクラックされる騒ぎも起きた。だが別のサイトの管理人も2ちゃんねる攻撃の中止宣言を出し、急速に攻撃は終息に向かうことになる。
韓国ネチズンたちの言う「サイバー大戦」は、うやむやのうちに終了したのである。
両国のメディアはどう報じたか
韓国側の報道は、かなり扇情的だった。
ウエブ版で日本語翻訳記事を読むことができる朝鮮日報。最初の記事は11日午後の配信で、「韓日ネチズンの『サイバー壬辰倭乱』が進行中」という見出しを掲げた。
<独島問題をめぐり韓日両国の葛藤が深刻化しているなか、両国ネチズンの葛藤が相互誹謗など『サイバー壬辰倭乱(日本の豊臣秀吉が引き起こした戦争)』に発展している>
サイバー壬辰倭乱という過激な表現は置いておくとしても、この段階では表現はまだ抑え気味だ。だがその日の夜に配信された「韓日ネチズンの『独島発』誹謗戦が激化」ではかなりセンセーショナルに変わっている。
<両国のネチズンは各種の掲示板でお互いに対する誹謗の書き込みをし、激しく対立している。この対立は主なサイトを集中攻撃し、アクセス不可能な状態にするという攻防にも発展している>
<サイバー壬辰倭乱を主導する韓国ネチズンは、主にデーシーインサイド、ネイバー日本情報同好会のエンジョイジャパン(enjoyjapan.naver.com)を本拠地にして行動を展開している>
<日本のネチズンは現在まで積極的な反撃はしてはいない>
<一時、韓国ネチズンの間は「日本のネチズンが11日午前4時から3カ所のサイトに0.1秒に1回ずつ攻撃するプログラムを準備した」という書き込みがあり、緊張感が漂った>
まるで戦争報道である。砲弾が飛び交う最前線の一進一退を描いているかのようだ。
“戦況”の報道はまだ続く。同紙はさらに翌12日昼、「韓国ネチズン『12日夜に日本サイトを大攻撃』」という見出しの記事を掲載。
<サイバー壬辰倭乱が12日夜、クライマックスを迎える見通しだ>
<今回のサイバーデモを主導している韓国ネチズンは、同日夜、2回にわたって日本のサイト「2CH」と「K国の方式」に対する大規模なサイバー攻撃を行う予定だ>
<今回の韓日ネチズンの衝突の日本側本拠地とされる2CHは、今月10日と11日、韓国ネチズンから集中的な攻撃を受けた>
そして一連の騒ぎが収束した後の14日、「韓中日、歴史めぐり『サイバー三国志』展開」という総括記事を掲載。歴史物が好きなお国柄なのだろうか。それにしても「サイバー三国志」という表現は日本人には馴染みにくい。この記事では、次のような表現もあった。
<両国のネチズンはお互い舌戦を展開し、主要サイトを集中攻撃、サーバーを麻痺させ、その様相は「サイバー壬辰倭乱(日本の豊臣秀吉が引き起こした戦争)」に例えられている>
このトーンは、朝鮮日報だけではなかった。別の有力紙、中央日報は11日の段階で「韓日『独島サイバー大戦』……相手サイトを攻撃」という記事を載せ、次のように記述している。
<韓日ネット上で戦争が始まった。 日本の小泉純一郎首相の独島発言で始まった韓日間の感情の対立が、インターネットで両国ネチズンの「サイバー大戦」と化している>
<両国間のサイバー戦争が24時間を超えさらに激しさを増すと、ネット上では各種の「檄文」も飛び交いはじめた。国内の各サイトとコミュニティなどでは、時間帯別に作戦状況報告と今後の対策などを論じる「ネット戦時司令部」が設けられた>
<両国ネチズンは現在、インターネット掲示板で手の内を相手国に読まれないよう暗号化した文を書いたり、特殊文字やアルファベット、数字などを混ぜたいわゆる「外界語」を使って「戦闘指針」を伝えている>
一方、日本のメディアは比較的穏やかなトーンだった。朝日新聞は「『竹島』めぐりネットで日韓中傷合戦、パンクのサイトも」という記事を12日に掲載し、
<竹島をめぐる日韓の領有権問題がインターネット上の激しい攻防に発展、日韓の市民が差別的な言葉を投げつけあったり、日本の電子掲示板が韓国側からとみられる集中的なアクセスで一時的につながらなくなったりしている>
また東京新聞は「竹島領有権問題 埋まらない溝」という記事を配信。
<日韓の間に浮かぶ小さな島が、またしても外交の具になっている。領有権争いが続く竹島問題だ。今度は韓国側が記念切手を発行するという。日本側は抗議したものの、ほとんど無視といっていい姿勢だ。一方、韓国内は「わが領土」と熱く燃える。『竹独論争』をめぐる日韓の落差とは>
と、「過熱する韓国――醒めた日本人」という落差に焦点を当てた。サンケイスポーツは、その中でもかなりセンセーショナルな記事を掲載している。これはサンスポの媒体としての性格と、朝鮮日報などの韓国メディア報道を孫引きした結果かもしれない。「日本のネチズン」など、国内では通常見られない用語を記事に使っているからだ。
<韓国が領有権を主張する日本の領土「竹島」をめぐり、日韓のインターネット上でサイバー戦争が勃発した。きっかけは韓国で発行予定の竹島切手論争。韓国のネット利用者(ネチズン)が、韓国を侮辱したとして日本最大の掲示板サイト「2ちゃんねる」などをサイバー攻撃、一時ダウンさせた。日本のネチズンも報復しており、12日もバトルが続いている>
報道の差異から見えてくるのは、両国の文化の差異だけではない。新聞やテレビなどのメディアにおける「インターネット」の存在感の違いも背景にあるように見える。日本におけるインターネットとそこで形成される世論が、あくまで「メーンストリートから遠く離れた一風変わった世界でのできごと」として扱われているのに対し、韓国ではネット社会がほぼストレートに現実社会とつながっている。
韓国での一連の報道は日本人の目にはあまりに大げさで、浮世離れしているように見える。だが別の見方をすれば、インターネットのパワーが他の国には見られないかたちで突出している韓国――これらの記事からはその姿が、きわめて明瞭に浮き彫りになっているともいえるだろう。
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