新興検索エンジン群像(iNTERNET magazine 2004年12月)
コンピューティング環境の中で、検索エンジンの存在価値は日増しに高まっている。マクロな目で見れば、これまでポータルサイトを最大の経由地として考えられていたユーザーのトラフィックは、Googleツールバーをはじめとする検索エンジンへとシフトしつつある。ミクロな視点から見ても、たとえばデスクトップ検索の登場など、検索エンジンをパソコン利用のアシストとして使う動きが高まりつつある。
そうした状況に応じ、検索エンジン業界も少しずつ変わりつつある。膨大な数のマスユーザーを相手に巨大検索企業が三つ巴の戦いを繰り広げている一方で、よりニッチな検索エンジンも登場しつつある。
検索エンジンの市場を見てみると、そこにはいくつかの異なった方向性があることに気づかされる。
まず第1に、マスを勝負にした検索エンジン。業界の主戦場であり、GoogleとMSN Search、Yahoo Search Technology(YST)が熾烈な争いを展開している。
第2に、デスクトップ検索への参入。インターネットで生まれた技術である検索エンジンは、パソコン内のハードディスクを検索できるデスクトップ検索をも呑み込み、コンピューティング環境全体を取り込もうとしている。Googleがいち早くデスクトップ検索を発表したのをはじめ、MicrosoftもWindowsの将来バージョンでデスクトップ検索機能の強化を打ち出すなど、業界のバトルフィールドのひとつにもなりつつある。
そして3番目の動きとして、より専門性を高めた高性能な検索エンジンの追求。たとえば今や、世界を席巻しつつあるブログとの連携などがそうだ。ブログやニュースの検索機能を強化することで、マスを相手に勝負しているGoogleやYSTでは対応しきれないような専門的な部分を、先鋭的な検索エンジンでカバーしていこうとしている。
第1の検索エンジン主戦場では、ガリバー企業GoogleにYST、それにベータ版を発表したばかりのMSN Searchが追いすがる格好となっている。だがプレーヤーはこの3社だけではない。特に注目すべき存在としては、最近日本市場への参入も果たしたアスクジーブスが挙げられる。同社のTeomaエンジンは独自の検索アルゴリズムを実装しており、これまでのGoogleやYSTにはない能力を持っている。
そのアルゴリズムはSubject-Specific Popularityと呼ばれているもので、検索キーワードに関するテーマを持っているウェブページを集め、それらのリンク構造をもとに複数のコミュニティに分類する。そしてそれらのコミュニティの中で、数多くリンクされているページ、それに質の高いページの紹介を行ってるページをそれぞれ探し出す。インターネットのコミュニティ化に注目し、最新のネットワーク理論を検索エンジンに応用したもので、的確なウェブページを探し出す能力においてはGoogleのページランクよりも高機能だと言われているほどだ。
そのアスクジーブスはトランスコスモスと提携して日本国内で合弁企業を立ち上げ、2004年春からウェブでの検索エンジン提供を開始している。アスクジーブスジャパンの塩川博孝代表取締役社長兼CEOは、「アスクジーブスの検索エンジンは、米国では学術的・雑学的な使われ方をしているケースが多い。たとえば『クジラは何歳まで生きるの?』といった従来の検索エンジンでは探しにくい答を自然文検索で調べることが可能で、子供の宿題に役立たせることもできる」と解説する。そして「われわれはGoogleやYSTを倒すといった大それたことはいっさい考えていない。利用者に第3の選択として選んでいただける検索エンジンになりたい」と話している。「インテリジェントでスピーディーな検索エンジン」というブランディングで、将来展開を図っていくという。
日本市場に関して言えば、かつてロボット型検索エンジンを開発していた企業はほぼ撤退し、プレーヤー不在の状況が続いている。最後の砦と言われたNTTレゾナントのgooも、2003年秋にGoogleとの提携を発表し、今後はローカライズに徹することを宣言。検索エンジン開発から事実上撤退したとみられていた。
ところがgooは、実は消え去ってはいなかった。NTTとNTTレゾナントが共同でgoo上に「gooラボ」と呼ばれる実験サイトを開設し、2004年秋から第3世代検索エンジンの公開実験を開始したのである。
NTTサイバーコミュニケーション総合研究所の山下智一氏は、次のように語っている。「たとえば単なるキーワード入力による情報検索ではなく、その方法と対象を拡大することで、ユーザーの利用状況やニーズにマッチした情報を推薦し、そしてニーズの解決まで導くといった新たな検索エンジンのパラダイムを目指したい」
つまり情報をただ単に提示するだけでなく、「解決」のためのナビゲーションとしての検索エンジンを目指すという考え方である。この一環として、たとえば過去15分以内に更新された国内主要ニュースサイトの情報を検索できる「goo最速ニュース検索」や、ユーザの関心に応じてニュース記事見出しを表示する「ニュース記事表示高度化実験」などがすでに実用化されている。アスクジーブスのような自然文検索も実験が進められているという。
アスクジーブスやgooのこうした試みを見ると、検索エンジンの市場にはまだまだ成長の可能性が秘められていることがわかる。
検索市場成長の可能性として最近、もっとも注目を集めているのは、デスクトップ検索だ。大きな流れで見れば、これはインターネットとローカルのパソコン環境のナビゲーションをシームレスに統一していこうという動きである。Google、Microsoft、Yahoo!の大手検索エンジン各社が最優先課題で開発に取り組んできたが、Googleが2004年10月、他社に先駆けて「Google Desktop Search」をリリースし、一番乗りを果たした。インターネット企業であるGoogleが、初めてデスクトップの世界へと乗り込んだのである。デスクトップ検索をめぐっては、MicrosoftがWindows次期バージョン「Longhorn」(コードネーム)にネットとローカルHDDの双方を同時に検索できる高度な機能を搭載し、これを足がかりにウェブ検索の世界でも市場制覇を狙っていくのではないかとささやかれていた。それだけに、ウェブ検索の覇者であるGoogleがMicrosoftに先んじてデスクトップ検索を発表したことは、業界ではかなりの衝撃を持って迎えられたようだ。
Google Desktop Searchをパソコンにインストールすると、Microsoft Officeの文書・表計算ファイルやインスタントメッセンジャーのセッションログ、キャッシュされたウェブページ、OutlookとOutlook Expressの電子メールを洗いざらい調べ上げ、自動的にインデックスを生成する。インデックスはひんぱんにアップデートされ、タスクトレイのアイコンからファイルの中身を即座に横断検索できる。かなり低機能だったWindows標準の検索機能に比べれば、圧倒的な高機能に仕上がっている。しかもGoogleのウェブ検索と同じインターフェイスを持っており、Googleを使い慣れた人には非常に使いやすい。
デスクトップ検索はYahoo!やMicrosoftも開発を進めている。Yahoo!はOddpostやStata Labs、MicrosoftはOutlookのメール検索用プログラムを開発しているLookout Softwareを買収しており、かなり本腰を入れてこの市場での展開を目指している。
もうひとつの動きは、ブログと検索エンジンの連携だ。
たとえば前出のgooは、ブログ検索高度化実験と題して「ブログスコープ」という名前のトライアルを始めている。これは新着ブログの全文検索や、類似したブログの検索、話題になっている記事の検索などを効率よく行えることを目指している。従来のブログ検索がRSSのサマリーを検索対象にしていたのと比べ、ブログスコープでは全文検索が行えるのが大きな特徴となっている。検索結果には「似ている記事を探す」というボタンも用意され、似たような内容を持っているブログのエントリーを検索することもできる。こうした機能は、gooラボで開発された高効率類似文書検索エンジンを活用したものだ。
ほかにブログに含まれる他サイトへのリンクを集計し、その集計結果をもとにして「いま話題になっている記事」のランキングを表示する機能も提供されている。
日本国内では、ブログ検索はある種のブームになりつつある。業界関係者は「すべてのウェブページを対象に、数十億のインデックスを作成する巨大検索エンジンの開発に関しては、もうGoogleやYSTには勝てないという気持ちが国内の企業には強い。巨大検索エンジンではなく、専門的に特化した検索エンジンの開発で独自性を出していこうという動きが国内企業の間で始まっている」と話す。
経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が行っている未踏ソフトウェア創造事業では2003年、東京工業大精密工学研究所の奥村学助教授が運営するブログ検索エンジン「blogWatcher」が採択された。典型的なブログサイトが持っている特徴パターンを利用して、ロボットプログラムがWWWからブログのデータを収集。更新部分を抽出し、内容をもとにグループ化して分類したインデックスを作成し、そこからテキストマイニングを行って有用な情報を抽出するという仕組みだ。2004年8月に一般公開が開始され、すでに500万エントリーを超えるブログの検索が可能になっている。商品名などを入力してその商品に対するプラス・マイナス評価をチェックできる「評判情報検索」といった興味深い機能も実装されており、新たな検索エンジンの地平を感じさせるトライアルとなっている。
商用化されたブログ検索として、ライブドアの「未来検索」やドリコムの「News & Blog Search」といったサービスも登場している。後者はドリコムが立命館大学と共同で開発したもので、単語や要素の共通点がどれだけ多いかによって他のページとの関連性を調べる「マトリクスクラスタリング」という技術が採用されている。またGoogleがデスクトップ検索で初めて採用したパーソナライズ機能も盛り込まれており、かなり先進的な内容だ。
以上のように見ていくと、プレーヤーが消滅して市場から退場させられたかに見えた日本の検索エンジン業界も、徐々に息を吹き返しつつあることがわかる。
アスクジーブスの塩川社長は、こう力説する。「Googleは市場を支配しているとはいえ、設立されてからまだ6年足らず。インターネットは常に3~4年で新しいテクノロジが投入され、パラダイムが変化していく業界で、確かにGoogleは現在のパラダイムではナンバーワンだが、次のパラダイムでも王者として君臨できるかどうかはわからない」
確かに、検索エンジンというビジネスは立ちあがったばかりである。世界で検索エンジンを使用しているといわれる人口は、8億人。膨大な数だが、世界人口が60億人であることを考えれば、さらに成長が続く余地は残っている。現段階は、まだ成長の入り口に立ったばかりなのかもしれないのである。
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